会社を次の世代に引き継ぐには、自社株を後継者に集中させる必要があります。ところが、そうすると他の相続人の遺留分を侵害することになります。後継者は、受け継いだ株式を売るわけにいかないまま、金銭の支払いを求められます。この問題にどう備えるかを説明します。
1. なぜ事業承継で遺留分が問題になるのか
中小企業では、経営者個人の財産の大部分を自社株が占めていることが珍しくありません。長年の利益の蓄積や、会社が保有する不動産によって、株式の評価額は想像以上に高くなっていることがあります。
この株式をすべて後継者に集中させると、他の相続人の取り分は大きく下回ります。そこで遺留分侵害額請求を受けることになりますが、請求されるのは金銭です。
後継者は、株式を受け継いでも現金を受け継いだわけではありません。会社の株式を売れば経営権を失いますし、そもそも非上場株式には買い手がつきません。支払う原資がないまま、多額の支払義務を負うという事態が生じます。
事業承継の対策は、税金の話だけではありません。遺留分への備えがなければ、承継そのものが揺らぎます。
2. 押さえておくべき2つの仕組み
2.1 評価は「相続開始時」で行います
遺留分の計算では、財産を相続が開始した時点の価額で評価します。
これは生前に贈与した株式についても同じです。20年前に株式を贈与していても、贈与した当時の価額ではなく、亡くなった時点の価額に引き直して計算します。
業績が伸びて株価が上がれば、その分だけ遺留分の金額も増えます。後継者が努力して会社を成長させるほど、請求される金額が大きくなるという矛盾が生じます。
2.2 相続人への贈与は10年間が対象です
相続人に対して婚姻、養子縁組のため、または生計の資本として行われた贈与は、相続開始前の10年間にされたものが計算の基礎に加えられます(民法1044条3項)。
したがって、贈与から10年を超えて経営者が存命であれば、その株式は計算の基礎から外れます。早期に承継を始める意味は、ここにもあります。
ただし、当事者の双方が遺留分を持つ人に損害を加えることを知って贈与した場合には、この10年の制限を受けません。 遺留分を逃れる目的で駆け込み的に贈与しても、そのとおりにはなりません。
3. 遺留分トラブルを防ぐ対策
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3.1 遺言書を作る
自社株と事業用資産を後継者に相続させる旨を明確に書き、遺言執行者も指定しておきます。遺産分割の話し合いが不要になり、手続が進めやすくなります。
ただし、遺言があっても遺留分の請求はできます。遺言だけでは解決しません。他の相続人にどれだけ残すかを考えるか、次に述べる対策と組み合わせる必要があります。
付言事項として、なぜ後継者に集中させるのかを書き残すことは有効です。法的な効力はありませんが、請求を思いとどまる材料にはなります。
3.2 生前贈与を計画的に進める
時間をかけて段階的に株式を移していく方法です。10年の期間を超えれば計算の基礎から外れますので、早く始めるほど効果があります。
税の面では、暦年課税と相続時精算課税の使い分け、事業承継税制の適用などを検討します。ただし、税の扱いと遺留分の扱いは別の問題です。税制上有利な方法が、遺留分の面でも有利とは限りません。 税理士と弁護士の双方で確認することをお勧めします。
3.3 経営承継円滑化法の特例を使う
正式には「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」といいます。この法律には、遺留分に関する民法の特例が定められています。
除外合意 後継者が贈与を受けた株式を、遺留分の計算の基礎から除外する合意です。
固定合意 株式の価額を、合意をした時点の価額に固定する合意です。2.1で述べたとおり、通常は相続開始時の価額で評価されますので、株価が上がった分は遺留分の金額に跳ね返ります。この合意をしておけば、その後いくら株価が上がっても、遺留分の計算には影響しません。
有効な対策ですが、使うには3つの手続が必要です。
- 推定相続人全員の合意(後継者以外の全員です)
- 経済産業大臣の確認
- 家庭裁判所の許可
つまり、他の相続人が1人でも反対すれば使えません。関係が良好なうちに、経営者が元気なうちに進めておく必要があります。トラブルが起きてからでは間に合いません。
3.4 種類株式を活用する
会社法の仕組みを使い、議決権のある株式を後継者に、議決権のない株式を他の相続人に割り当てる方法です。
これによって、経営権は後継者に集中させることができます。 他の相続人が株主になっても、経営の判断に口を出せません。
ただし、誤解されやすい点があります。議決権をなくしても、株式は財産としての価額で評価されます。無議決権株式を割り当てたからといって、遺留分の金額が減るわけではありません。
種類株式で守れるのは経営権であって、支払いの負担ではありません。金銭の問題は、別に手当てする必要があります。
3.5 支払いの原資を用意しておく
結局のところ、遺留分の請求を受けることを前提に、支払える状態を作っておくのが確実です。
方法としては、経営者を被保険者とし、後継者を受取人とする生命保険に加入しておくことが考えられます。後継者は保険金を受け取り、それを遺留分の支払いに充てられます。
なお、保険金は原則として遺留分の計算の基礎に含まれませんが、遺産に比べて著しく高額な場合には、例外的に含まれることがあります。金額の設定には検討が要ります。
3.6 家族に説明し、理解を得ておく
早い段階で、なぜ後継者に株式を集中させるのかを家族に説明しておくことです。他の相続人に何を残すかもあわせて話し、納得を得ておきます。
ただし、注意すべき点があります。家族の間で「遺留分は請求しない」と約束しても、それだけでは効力がありません。
生前に遺留分を放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です(民法1049条1項)。念書や合意書を交わしただけでは、後になって請求されることを止められません。
放棄をしてもらうのであれば、家庭裁判所の手続まで進める必要があります。裁判所は、本人の意思によるものか、放棄に合理的な理由があるかを見て判断します。代わりに相応の財産を受け取っているかどうかも、判断の材料になります。
4. すでに請求を受けている場合
対策をしないまま相続が開始し、他の相続人から請求を受けている場合もあります。
この場合でも、争える点があります。株式の評価額が争点になるのが通常です。非上場株式には市場価格がありませんので、会社の資産、負債、収益力、保有する不動産などをもとに評価します。相手方が提示した評価額が妥当とは限りません。
支払いについても、裁判所に相当の期限を求める制度があります(民法1047条5項)。分割での支払いを交渉することもできます。
会社を手放さずに解決する方法を探ることが、この場面での仕事です。
5. 税理士との連携について
事業承継では、自社株の評価、贈与税、相続税、事業承継税制の適用といった税の問題が同時に生じます。
当事務所では、必要に応じて相続や事業承継に詳しい税理士をご紹介し、連携して対応しています。遺留分の対策と税の対策は、別々に進めると食い違うことがあります。あわせて検討することが必要です。
6. ご相談ください
事業承継の遺留分対策は、経営者がお元気なうちでなければできないものが多くあります。 経営承継円滑化法の特例も、遺留分の放棄も、生前でなければ使えません。
- 自社株を後継者に集中させたいが、他の子どもへの配慮に悩んでいる
- 株価が高く、遺留分の請求を受けたときに払えるか不安がある
- すでに相続が起きて、後継者が請求を受けている
当事務所では、遺留分に関する無料相談を行っています。夜間のオンライン相談にも対応しています。決算書や株主名簿があれば、お持ちください。
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7. 2019年より前に始まった相続について
2019年7月1日より前に開始した相続については、改正前の民法が適用され、「遺留分減殺請求」という制度になります。この場合は金銭の支払を求めるのではなく、株式そのものが共有になることがあります。事業承継の場面では、経営権に直接影響しますので、扱いが大きく異なります。







