※本記事は法務省Q&A形式解説資料(民法編)、および参議院法務委員会調査室がまとめた国会論議の記録をもとに、当事務所の弁護士松野絵里子が独自にかみ砕いて解説したり、意見や感想を加えたものです。個別の問題について意見を明らかにするものではありません。個別の事案については、ご自身の弁護士に確認してください。国会答弁の引用部分は、原典(国会会議録検索システム等)との照合をお願いします。当事務所では、親権や監護権に関しての法律相談をお受けしております。
参考:
- 法務省「Q&A形式の解説資料(民法編)」
- 参議院常任委員会調査室・特別調査室「令和6年民法(家族法制)改正に関する国会論議」(『立法と調査』2024年11月号)
1. 「共同親権が原則」ではない、という重要な前提
第1回でも触れましたが、ここは繰り返し強調しておく必要があります。改正民法819条7項は、父母双方を親権者とすることと、一方のみを親権者とすることの、どちらか一方を原則・もう一方を例外と位置づける規定ではありません。国会審議では、離婚後の親権者を父母双方とするか一方とするかは個別具体的な事情に即して子の利益の観点から判断すべきものであり、どちらが認められやすいかは一概には言えない、という趣旨の答弁がされています(参議院法務委員会、2024年5月9日)。裁判官が判断に迷った場合でも、「こちらを選ぶべき」という推定規定は置かれていません。
2. 必ず単独親権にしなければならない2つの場合
とはいえ、無制限に共同親権が選ばれるわけではありません。次のいずれかに該当すると裁判所が判断した場合は、必ず単独親権にしなければならないと定められています(819条7項1号・2号)。
- 父または母が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるとき
- 父母の一方が他方から暴力等を受けるおそれがあり、そのことを含む事情から父母が共同して親権を行うことが困難と認められるとき
国会審議では、1号は主に児童虐待のケース、2号は主にDVのケースを念頭に置いた規定だと説明されています。重要なのは、2号の「暴力等」が身体的なDVに限られない点です。精神的DV・経済的DV・性的DVなど、父母が互いに話し合うことができない状態にあるといえるような事情も含まれると、法務省は国会で説明しています(衆議院法務委員会、2024年4月2日)。
3. 「おそれ」の判断に、診断書は必須なのか
DVや虐待の「おそれ」を主張する際、診断書のような客観的証拠が必ず必要なのではないか、という懸念を持つ方もいると思えます。この点について国会では、個別の事案ごとに、それを裏付ける事実と否定する事実とを総合的に考慮して判断されるのであり、証拠が診断書のような客観的なものに限られるわけではない、という答弁がされています(衆議院法務委員会、2024年4月2日)。もちろん、証拠は多いに越したことはありませんが、「診断書がないから主張できない」というわけではない、という点は知っておく価値があります。
もっとも、「総合的に考慮する」という基準は、それ自体では個々の事案でどの程度の証拠が揃えば「おそれ」が認められるのかを一義的に示すものではありません。診断書がなくても認められた実例と、様々な証拠を提出してもなお認められなかった実例の両方が、今後積み重なっていくはずです。この基準がどのような幅で運用されるかは、施行後の審判例・裁判例を継続的に見ていく必要がある部分だと考えられます。
4. 父母の合意がなくても共同親権になることがある
改正法のもう一つの特徴は、父母双方が合意していなくても、裁判所が共同親権を選べるようにした点です。これに対しては「合意がないのに共同で親権を持たせるのは無理があるのでは」という懸念も国会で示されましたが、法務大臣は、父母の協議が調わない理由には様々なものがあり、合意がないことだけを理由に一律に共同親権を認めないのは、かえって子の利益に反しかねないという趣旨の答弁をしています(衆議院法務委員会、2024年4月5日)。
具体的にどんな場合に、合意がなくても共同親権が子の利益にかなうとされるのか。国会答弁で挙げられた例としては、次のようなケースがあります。
- 同居している親と子どもの関係があまり良好でなく、別居している親が親権者として関わることで子どもの精神的な安定が図られる場合
- 同居している親による養育に不安があり、別居している親の関与があった方が子の利益にかなう場合
- 父母間の感情的な対立と、実際の親子関係とは切り分けて考えられる場合
- 当初は激しく対立していたが、調停の過程で歩み寄りがあり、共同で親権を行使できる関係を築けるようになった場合
この4つの類型は、あくまで国会審議で示された典型例にすぎません。ここでもう少し踏み込んで、それぞれの類型の先にある視点を考えてみたいと思います。
視点①:「別居親との関係が非常に良い」場合も、積極的な理由になり得るのではないか
1つ目の類型は、「同居親との関係があまり良好でない」ことを理由に、別居親の関与が子の利益にかなうとするものです。しかし、この理由づけの裏側には、もう一つの視点があるのではないかと思われます。それは、別居親との関係が特に良好である場合にも、共同親権が子の利益にかなうといえるのではないか、という視点です。
国会答弁で示された例は、いずれも「同居親側の事情に問題がある」ことを起点にした、いわば消去法的な構成になっています。しかし、法務省パンフレット「父母の離婚後の子の養育に関するルールが改正されました」が示す今回の改正の基本理念は、父母が離婚後も適切な形でこどもの養育に関わり、その責任を果たすことが、こどもの利益を確保するために重要だという考え方です。この理念に立ち返れば、子どもが別居親から日常的に愛情を注がれ、その関わりを心から求めているという事実そのものが、共同親権を認めるべき積極的な理由になり得るはずです。同居親との関係に「問題がある」ことを条件とせず、別居親との関係の「良さ」それ自体を子の利益として正面から評価する視点があってもよいのではないか、というのが当職の考えです。
松野弁護士のコメント:実務上、「同居親に問題があるとまでは言えないが、別居親との関係も非常に良好で、子ども自身が別居親との継続的な関わりを強く望んでいる」という事案は、決して珍しくありません。国会答弁の例示が「同居親側の問題」を起点にした説明になっているのは、共同親権を争う場面で典型的に主張されやすい事情を示したにすぎず、これに尽きるものではないと理解すべきだと思えます。共同親権を求める際には、相手の養育に問題があることを強調するだけでなく、ご自身と子との関係の良好さそのものを、積極的な事情として主張していくことが重要だと考えられます。
視点②:「切り分けができる関係」できない側にこそ、人格尊重義務の問題があるのではないか
3つ目の類型は、「父母間の感情的な対立と、実際の親子関係とは切り分けて考えられる」ことを、共同親権を認める理由の一つとして挙げるものです。ここで、もう一歩踏み込んで考えたいのは、この「切り分け」が、父母の一方にはできていて、他方にはできていない場合です。
もし一方の親が、相手方への感情的な対立をそのまま子育ての場面に持ち込んでしまい、例えば子の前で相手を誹謗中傷する、相手からの連絡に対して威圧的・攻撃的な対応を続けるといった言動をしているとすれば、それは第1回で扱った817条の12の人格尊重・協力義務に違反するようなやり取りをしていることになりかねません。
この場合、実務上どのように判断されるべきかは、正直なところ、現時点ではっきりとは分かりません。この問題は、比較的新しい法的枠組みのもとでの評価になるため、今後の審判例・裁判例の集積を待つ必要がある分野です。もっとも、当職としては、一つの視点を提示したいと思います。もし一方の親が、子の利益に沿った対応を一貫してできているのであれば、その親に「切り分けができないから共同親権は難しい」という評価を及ぼすのではなく、支援機関による連絡調整支援(父母間の連絡をコーディネーターが代行・仲介するサービス)を活用することで、切り分けたコミュニケーションを実現できるのではないか、という考え方です。
松野弁護士のコメント:「相手が感情的な対立を子育ての場に持ち込んでくるので、共同親権には反対したい」というご相談は少なくありません。しかし、その原因が主として相手方の一方的な態度にあり、ご自身は子の利益に沿った冷静な対応を維持できているのであれば、「共同親権をあきらめる」以外にも、連絡調整支援を活用して直接のやり取りを最小限にする、という選択肢を検討する余地があると考えられます。もちろん、これは相手方の言動の程度や事案の個別性によって判断が大きく変わる部分であり、支援機関の利用によって本当に「切り分け」が実現できるかどうかも、今後の実務の集積を待つ必要があります。しかし、「相手が変わらない限り共同親権は無理」と最初から諦めるのではなく、外部の支援を組み込んだ制度設計によって解決を図るという視点は、持っておいていただきたいと思います。
視点③:家裁調停での「親教育」は、今のままで十分か
4つ目の類型は、「当初は激しく対立していたが、調停の過程で歩み寄りがあり、共同で親権を行使できる関係を築けるようになった場合」です。調停を通じて父母の関係性が改善することは、もちろん望ましいことです。しかし、当職はここで、家庭裁判所における調停実務そのものへの問題提起をしておきたいと思います。
現在、多くの家庭裁判所では、面会交流(親子交流)が争点となる調停において、当事者に対して「親ガイダンス」と呼ばれる案内が行われています。その内容は、裁判所が作成した動画「子どもにとって望ましい話し合いとなるために」(上映時間は比較的短時間です)を視聴してもらう、というものが中心です。この動画では、離婚が子に与える影響や、子の心の傷を少なくするために親ができることなどが説明されており、内容自体は有用なものです。
しかし、当職は、こうした短時間の動画視聴だけで、父母が「共同で子の利益に沿った関係性を構築できるようになる」ことを期待するのは、いささか楽観的すぎるのではないかと考えられます。国会答弁が「調停の過程で歩み寄りがあり、関係を築けるようになった場合」を望ましい例として挙げているのであれば、その「歩み寄り」を後押しするための、より積極的な親教育プログラム単なる動画視聴にとどまらない、継続的なコミュニケーション講座や、専門家によるコーチングを含むものが、家庭裁判所の実務に組み込まれてしかるべきではないでしょうか。
松野弁護士のコメント:現在の親ガイダンスは、対象を面会交流が争点となる事案に限定し、内容も短時間の動画視聴が中心という運用が、多くの裁判所で見られます。共同親権の導入によって、父母が「共同で子の利益に沿った意思決定をする関係性」を築けるかどうかが、これまで以上に重要な意味を持つようになった以上、家庭裁判所における親教育のあり方も、それに見合う形で発展していく必要があるのではないかと考えられます。海外では、離婚に伴う親向けの教育プログラムがより体系的に整備されている例もあり、この分野は、日本の家裁実務が今後拡充を検討すべき領域の一つだと感じられます。もっとも、これは家庭裁判所の人的・予算的なリソースの問題とも密接に関わるため、当職の問題提起にとどまる部分であることも申し添えます。
一方で、父母が「高葛藤」(激しい対立状態)にあり、調停を経てもなお共同での意思決定が困難だと判断される場合には、法律が共同親権を強制するものではない、ということも国会で確認されています(参議院法務委員会、2024年5月9日)。
ただし、「高葛藤」も、どの程度の対立があればこれに当たるのかを一義的に定義する基準はありません。国会答弁で示された「共同で親権を行使できる関係を築けるようになった場合」という例と、「調停を経てもなお困難」という例の間には、実際には幅広いグラデーションの事案が存在するはずです。この線引きがどのあたりに落ち着くのかは、今後の審判・裁判の実例を通じて明らかになっていく部分であり、現時点で確定的な予測を示すことは難しいというのが正直なところです。
5. 変更の申立てでも同じ考え方が使われる
すでに単独親権として離婚している場合でも、改正法の施行後は共同親権への変更を申し立てることができます。ここでも、これまでの養育の実績が重要な考慮要素になります。たとえば、親権者でない親が、十分な収入があるにもかかわらず正当な理由なく長期間養育費を払ってこなかった場合、そのことは共同親権への変更が認められない方向に大きく働く事情になる、と国会で説明されています(参議院法務委員会、2024年5月16日)。逆に言えば、養育費をきちんと払い、子どもとの関係を大切にしてきた実績は、変更を求める際にプラスに評価される可能性がある、ということです。
6. 比較法:ドイツは日本と逆の仕組みになっている
ここは第1回に続き、比較法の視点を加えます。
日本の新しい制度は、「共同親権も単独親権も、どちらかを原則としない」という、いわば中立的な立場を取っています。これに対して、ドイツ法はかなり違う構造になっています。
ドイツ民法(BGB)では、婚姻中の父母は共同配慮(gemeinsame elterliche Sorge、日本の親権に相当)を持つのが原則ですが、離婚してもこの共同配慮は自動的には終了しません。共同配慮を単独配慮に変更したい場合は、父母の一方が家庭裁判所に申し立てる必要があり(BGB1671条)、その申立てが認められるのは、たとえば他方の同意がある場合や、単独配慮にすることが子の福祉に最もかなうと認められる場合に限られます。つまりドイツでは、「共同配慮が続くのがデフォルト」であり、単独にしたい側が積極的に申し立てて理由を示す必要があるという構造です。
日本の改正法は、こうした「片方をデフォルトとする」設計をあえて避け、個別の事情に応じてそのつど判断するという立場を取りました。これは、ドイツのように離婚後も自動的に共同配慮が継続する制度に対して、日本ではDV・虐待のリスクがある家庭も少なくないという実情を踏まえ、より柔軟な仕組みが選ばれた結果だと理解できます。実際、国会審議でも、夫婦間の暴力を原因とする離婚が一定数存在するというデータ(法務省の委託調査では、身体的暴力7.9%、精神的暴力21.0%、経済的暴力13.5%が離婚原因として挙げられたとされています)が、単独親権を維持すべき場合の規定を設ける根拠として言及されています(参議院法務委員会、2024年5月16日)。
なお、アメリカでは、多くの州で「共同監護(joint custody)を推定する」という制度(joint custody presumption)を採用する州がある一方、単独監護を原則とする州もあり、州によって制度設計が大きく異なります。この点でも、日本が特定の一国のモデルをそのまま採用したわけではなく、独自の中立的な制度を選んだことがうかがえます。
7. まとめ
「うちの場合は共同親権になりそうか、単独親権になりそうか」は、この記事で紹介したような考慮要素に加えて、個別の家庭の事情によって大きく変わります。特にDVや虐待に関わる事情がある場合は、証拠の整理の仕方も含めて早めに専門家に相談することが重要です。ご不安な点がありましたら、お気軽に無料相談をご利用ください。
共同親権シリーズ
- 第1回:父母の責務と人格尊重・協力義務(民法817条の12)
- 第2回:単独親権か共同親権か、裁判所の判断基準(民法819条7項)
- 第3回:親権者変更が認められるケース(民法819条6・8項)
- 第4回:共同親権になったら、日々の子育てはどう回す?行使方法の基本ルール(民法824条の2)
- 第5回:「日常の行為」とは何か?転居・旅行・日々の世話の線引き(民法824条の2)
- 第6回:学校行事、入学手続、緊急連絡 共同親権と学校対応の線引き(民法824条の2)
- 第7回:手術、ワクチン、服薬 医療の場面での共同親権の線引き(民法824条の2)
- 第8回:「監護の分掌」とは?習い事・宗教教育・財産管理と、監護者指定・親権行使者指定との使い分け(民法824条の2・766条)
- 第9回:「面会交流」から「親子交流」へ今回の改正で何が変わったか








