※本記事は法務省Q&A形式解説資料(民法編)、裁判所ウェブサイトの解説等をもとに、当事務所の弁護士松野絵里子が独自にかみ砕いて解説したり、意見や感想を加えたものです。個別の問題について意見を明らかにするものではありません。個別の事案については、ご自身の弁護士に確認してください。当事務所では、親権や監護権に関しての法律相談をお受けしております。
1. 「共同親権にはなったけれど、日々の決定のたびに揉める」という悩み
別居はしたけれど離婚はまだ、あるいは共同親権として離婚はしたものの、進学先や医療方針など、子育ての具体的な決定のたびに元パートナーと対立してしまう$2014$2014共同親権シリーズでここまで見てきた通り、共同親権では「監護及び教育に関する日常の行為」以外の重大な決定は、原則として父母が共同で行う必要があります(民法824条の2)。
しかし、対立が続く中で毎回協議を試みるのは、当事者にとって大きな負担です。こうした場面で使える制度の一つが、今回取り上げる「監護者の指定」です。監護者に指定されると、重大な決定も含めて、子の身上監護に関する判断を単独で行えるようになります。前回取り上げた「監護の分掌」が役割を分担する制度だったのに対し、監護者の指定は、決定権を一人に集中させる、より踏み込んだ制度です。
2. 前提知識のおさらい:「親権」と「監護」は別物
まず基本的な整理から始めます。「親権」は、子の財産管理や身分行為の代理も含む包括的な法的地位です。一方「監護」は、その中でも、実際に子と一緒に生活し、日々の世話や教育を行う部分を指します。共同親権シリーズの各回で見てきた「日常の行為」や「重大な行為(居所の決定、重大な医療行為の決定、進学先の選択等)」は、いずれもこの「監護」に関する行為です。
共同親権下では、父母双方が親権者であっても、原則として重大な監護の決定は共同で行う必要があります。この原則を維持したまま対立を解消する方法として、これまでのシリーズでは「親権行使者の指定」(第4回)や「監護の分掌」(前回)を扱いました。今回扱う「監護者の指定」は、これらと並ぶ、もう一つの選択肢です。
3. 「監護者の指定」とは何か
監護者の指定は、民法766条を根拠に、家庭裁判所の調停・審判、または父母の協議によって行うことができます。裁判所ウェブサイトの解説によれば、監護者に指定された親は、居所の決定、心身に重大な影響を与える医療行為の決定、進学先の選択といった、共同親権下では本来共同で決定すべき重大な行為も含めて、子の身上監護全般について単独で決定できるようになります。
ただし、監護者の指定によっても単独でできないことがあります。財産管理行為と、身分行為の法定代理(子の氏の変更、養子縁組の代諾等)は、監護者の指定の対象外であり、引き続き父母の共同での対応が必要です(あるいは、これらについて対立がある場合は、第4回で扱った「親権行使者の指定」を別途利用することになります)。
つまり、監護者の指定は「親権そのものを一方に集中させる」ものではなく、あくまで「身上監護に関する決定権を一方に集中させる」制度です。親権自体は父母双方に残るため、監護者に指定されなかった親も、引き続き親権者としての地位は失いません。この点は、次に扱う「単独親権」との決定的な違いです。単独親権は親権そのものを一方から失わせる制度であるのに対し、監護者の指定は、親権を父母双方に残したまま、身上監護の実務的な決定権だけを一本化する制度です。
4. どんな場面で使われるか
監護者の指定が実際に使われる場面としては、次のようなケースが考えられます。
- 離婚前の別居中:どちらが子と同居し、日々の監護の決定をするのかを法的にはっきりさせたい場合
- 共同親権として離婚した後:進学先や医療方針など、重大な決定のたびに対立が生じ、その都度協議することが現実的に困難な場合
- 父母間の対立が高葛藤である場合:第2回で扱った「高葛藤」の状態にあり、個別の事項ごとに親権行使者の指定を繰り返すよりも、監護に関する決定権をまとめて一本化した方が現実的な場合
第4回で扱った「親権行使者の指定」が一つひとつの事項を個別に解決する制度であるのに対し、監護者の指定は、こうした個別対応を積み重ねる負担そのものを解消する、より包括的な選択肢だといえます。
5. 決め方:協議でできること、調停・審判が必要なとき
監護者の指定は、まず父母の協議によって定めることができます。合意ができた場合は、後日の紛争予防のためにも、合意書を公正証書化しておくことを強くお勧めします。
協議が調わない場合、または協議ができない場合は、家庭裁判所の「子の監護者の指定調停」を利用できます。裁判所ウェブサイトの案内によれば、申立人は父または母、申立先は相手方の住所地の家庭裁判所です。調停手続では、申立人が監護者指定を希望する事情、これまでの養育状況、双方の経済力や家庭環境、子の性格・就学状況・生活環境などが聴取され、子の利益を優先した取決めができるよう話し合いが進められます。話し合いがまとまらず調停が不成立になった場合は、審判手続に移行し、裁判官が一切の事情を考慮して判断します。
なお、単独で決定したい事柄が具体的な範囲に限られる場合は、監護者の指定という包括的な手続きよりも、「親権行使者の指定」や「監護の分掌」の手続きの方が適している場合もある、と裁判所ウェブサイトでも案内されています。この使い分けについては、次の章で整理します。
6. 似ている制度との違いを整理する
共同親権シリーズと前回の記事を通じて、関連する3つの家事調停・審判を紹介してきました。ここで改めて整理します。
| 制度 | 対象範囲 | 特徴 |
|---|---|---|
| 監護者の指定(今回) | 身上監護全般(重大な行為を含む) | 決定権を一人に包括的に集中。財産管理・身分行為の法定代理は対象外 |
| 監護の分掌(前回) | 監護に関する事項の一部、または期間 | 役割・期間で柔軟に分担。継続的な取り決め |
| 親権行使者の指定(第4回) | 個別の一つの特定事項 | 一件だけをピンポイントで解決。財産管理・身分行為も対象に含まれる |
「誰か一人にすべて任せたい」場合は監護者の指定、「役割分担を決めたい」場合は監護の分掌、「この一件だけを解決したい」場合は親権行使者の指定、という整理で考えると選びやすくなります。どの制度を選ぶべきかは、対立の頻度や範囲、今後の見通しによって変わってくるため、迷った場合は早めに弁護士に相談することをお勧めします。
7. 監護者に指定されなかった親はどうなるか
監護者に指定されなかった親も、親権者としての地位は失わないため、財産管理や、氏の変更・養子縁組の代諾といった身分行為には引き続き関与できます。また、監護者の指定は親子交流(面会交流)を制限するものではありません。監護者指定と親子交流は別の問題であり、監護者に指定されなかった親であっても、子との交流は別途取り決めることができます。「監護者に指定されなかった=子に会えなくなる」というのは誤解ですので、この点は正確にお伝えしたいと思います。
なお、今回の改正では、呼称が「面会交流」から「親子交流」に変更されるとともに、婚姻中の別居における親子交流の明文化(民法817条の13)や、家庭裁判所が事実の調査のために当事者へ交流の試行的実施を促すことができる制度の新設(家事事件手続法152条の3)など、親子交流そのものにも重要な改正がありました。監護者の指定を巡って対立が生じている場面でも、こうした制度が調査の一環として利用される可能性があります。詳しくは共同親権シリーズ第9回で解説していますので、そちらをご覧ください。
また、監護者に指定された親であっても、第5回のQ4-13で扱った通り、その決定権の行使が人格尊重・協力義務に反する形(例えば、他方の親を不当に排除するような一方的な運用)であれば、後の親権者変更等の場面で考慮される可能性があります。監護者の指定は「決定権の一本化」であって、「もう一方の親を無視してよい」という意味ではない、という点は改めて強調しておきたいところです。
8. 「監護の継続性の原則」と、その批判
ここからは、より踏み込んだ論点に入ります。監護者の指定を巡る実務では、従来「監護の継続性の原則」という考え方が重視されてきました。子の生活環境を頻繁に変えることは子の福祉に反するため、現状の監護状況(実際に誰が子を養育しているか)をできる限り維持すべきだ、という考え方です。
この原則自体には、環境の激変を避けるという合理性があります。しかし、この原則の運用については、かねてから批判もあります。無断で子を連れて別居した場合であっても、その後の監護が一定期間継続すると、DVや虐待の認定がなくても、既成事実として現在の監護状況がそのまま追認され、連れて出た側が監護者に指定されやすい、という指摘です。当事務所が扱ってきた「子の引渡し事件」に関する解説記事でも、この点には触れています。最初の連れ去り自体は違法とされず、その後の(連れ戻すような)実力行使だけが違法と評価される、という現在の裁判所の立場自体に、批判があることは事実です。
もっとも、この運用が全く変わっていないわけではありません。近年は、監護の始まりが無断での連れ去りによるものである場合には、監護の継続性をそのまま肯定すべきではない、とする裁判例も増えているとの指摘があります。「先に動いた者勝ち」という単純な図式が、常にそのまま当てはまるわけではなくなってきている、という見方もできます。
当事務所としては、この論点についてどちらか一方の立場を断定するものではありません。子の生活の安定を重視する考え方にも、既成事実の追認に対する批判にも、それぞれの合理性があります。ただし、一点明確にしておきたいのは、DVや虐待からの避難を目的とした別居は、この批判の対象とは全く別の問題だという点です。共同親権シリーズ第1回・第4回で扱った通り、DVや虐待からの避難自体は、人格尊重・協力義務違反にも当たらず、正当な行動として扱われます。この章で紹介した批判は、緊急避難とまでは言えない、あるいは緊急性が明確でない場面での「連れ去ったもの勝ち」的な運用に向けられたものであり、DV・虐待被害者の避難を萎縮させる趣旨では全くありません。
9. 新法時代に広がる選択肢 「避難」だけが手段ではない
ここからは、状況の緊急性・明確さに応じて、実際にどのような選択肢があるのかを整理します。「別居して連れて出る」ことだけが唯一の解決策ではない、という点を知っておいていただきたいと思います。
(a)緊急性が明白なDV・虐待の場合:まず安全の確保を最優先に
現に危害が差し迫っている、あるいはそのおそれが強い場合は、これまでの回で扱ってきた通り、「急迫の事情」による単独での避難が最優先です。安全の確保より優先されるべきことはありません。
そのうえで知っておいていただきたいのが、保護命令(DV防止法上の制度)です。裁判所に申し立てて要件が認められれば、加害者に対して、被害者への接近禁止命令(1年間)、退去等命令(2か月間、要件により6か月間)などが発令されます。同居している子への接近禁止命令も、要件を満たせば発令の対象になります。保護命令の申立てには、事前に配偶者暴力相談支援センターまたは警察署への相談が必要です(相談していない場合は公証人役場での宣誓供述書が必要)。
避難後に保護命令を申し立てて実際に命令が発令されれば、それは「差し迫った危険があったこと」が裁判所によって公的に認定されたことを意味します。これにより、後になって「あれは正当な避難ではなく、一方的な連れ去りだったのではないか」と評価される不安を、大きく軽減できます。前章で扱った「継続性の原則を巡る批判」を意識するなら、緊急避難を選んだ場合はできる限り早期に保護命令の申立ても検討し、避難の正当性を客観的な形で残しておくことが、その後の手続きを見据えても有益だと考えられます。
(b)転居を伴わない選択肢:児童相談所への相談
虐待が疑われるものの、直ちに転居しなければならないほどの緊急性とまでは言えない場合、あるいは転居によって子の生活環境を変えることに躊躇がある場合には、児童相談所への相談という選択肢もあります。児童相談所虐待対応ダイヤル「189(いちはやく)」は匿名での通告・相談も可能で、通告者や相談内容に関する秘密は守られます。児童相談所は、相談内容に応じて調査を行い、必要に応じて保護者への指導や、家庭への継続的な関与(家族療法などの関係調整を含む)を行います。緊急性が高いと判断されれば一時保護に至ることもありますが、そこまでに至らない事案でも、児童相談所が保護者に働きかけることで、転居せずに子の安全な生活環境を確保できる可能性があります。「別居・連れ去りだけが解決策ではない」という視点は、特に、転居によって子の生活(学校、友人関係等)が大きく変わることに悩まれている方に知っておいていただきたい点です。
(c)緊急性が明確でない場合:先に裁判所の判断を得るという選択肢
これまでのケースほど緊急性が明確でない、しかし対立が深刻で今後も協議が難しいと見込まれる場合には、第4回で述べた考え方が生きてきます。すなわち、自分の判断だけで「これは急迫の事情に当たる」と決めつけて子を連れて別居に踏み切るのではなく、監護者の指定や親権行使者の指定の調停・審判を、別居に先立って申し立てるという選択肢です。
これは、今回の改正がもたらした前向きな側面の一つだと当職は考えています。調停の場そのものが、別居後の生活(どちらが同居し、監護をどう分担するか、親子交流をどうするか等)について、父母が向き合って話し合う機会になります。緊急性が明確でない場面でこの手続きを活用すれば、後から「無断の連れ去りだったのではないか」「継続性の原則の悪用ではないか」と評価されるリスクを負うことなく、裁判所の判断を得たうえで安心して新しい生活に踏み出すことができます。これは、単に「批判を避けるための守りの手段」というよりも、共同親権シリーズ第1回で扱った父母相互の人格尊重・協力義務の理念を、別居という実際の局面で具体化する、一つの前向きな実践のあり方だと捉えることができるのではないかと思われます。
もっとも、この選択肢が実際にどれだけ活用され、定着していくかは、今後の運用次第です。調停には一定の時間がかかるため、緊急性の程度によっては現実的でない場合もあります。あくまで、緊急性が明確でない境界的な事案における一つの選択肢として、知っておいていただきたいという趣旨です。
10. 決めるときに考えておきたいポイント
- 子の年齢や生活の安定:転校の要否、通学のしやすさ、これまでの生活リズムとの連続性
- これまでの監護の実績:日頃どちらが主に養育を担ってきたか(前章で扱った継続性の原則が考慮され得る点ですが、それだけで自動的に結論が決まるわけではありません)
- 対立の激しさと緊急性:高葛藤の程度、そして今の状況が本当に急迫の事情に当たるのか、それとも事前に裁判所の判断を得る時間的余裕があるのか
- 子の意向:年齢や発達の程度に応じて、子自身の意見も考慮されます
11. まとめ
監護者の指定は、共同親権を維持しながら、日々の重大な決定を一人に一本化できる制度です。DVや虐待からの避難という緊急の場面では、これまで通り安全の確保が最優先ですが、それ以外の選択肢として、保護命令による避難の正当化、児童相談所への相談による転居を伴わない解決、そして緊急性が明確でない場合の事前調停の活用など、新法のもとでは複数の道が用意されています。ご自身の状況がどれに当たるか、あるいはどの制度を使うべきか迷われた場合は、お早めに無料相談をご利用ください。
参考文献
- 法務省「Q&A形式の解説資料(民法編)」
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00377.html - 裁判所「子の監護者の指定調停」
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_07_21/index.html - 裁判所「監護の分掌調停」
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_25_17/index.html - 裁判所「親権行使者の指定調停」
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_25_14/index.html - 裁判所「保護命令(DV事件)」
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_minzi/minzi_25_23/index.html - こども家庭庁「児童相談所虐待対応ダイヤル「189」について」
https://www.cfa.go.jp/policies/jidougyakutai/gyakutai-taiou-dial - 民法817条の13(婚姻中の親子交流の明文化)、家事事件手続法152条の3(親子交流の試行的実施を促す制度):条文根拠は施行後、e-Gov法令検索等で最終確認をお願いします。








