遺留分を請求すると決めたあと、実際には何をするのか。誰を相手にするのかを決めるところから、内容証明郵便、交渉、調停、訴訟まで、順を追って説明します。相手方がよくしてくる反論と、その対応についても取り上げます。
1. 請求の全体の流れ
遺留分侵害額請求は、次の順で進みます。
- 誰を相手にするかを決める
- 内容証明郵便を送る(期間内に意思表示をする)
- 交渉(資料を出し合い、金額の折り合いをつける)
- 調停(家庭裁判所で、裁判官と調停委員を交えて話し合う)
- 訴訟(調停で決まらなかった場合)
多くの事件は、3か4の段階で解決します。訴訟まで進むのは、不動産の評価が大きく食い違う場合や、生前贈与の有無そのものが争われる場合です。
2. 始める前に押さえておくこと
手順に入る前に、前提を2つだけ確認します。
遺留分とは 配偶者や子などに最低限保障されている取り分です。遺言で「全財産を長男に」と書かれていても、他の相続人はこの取り分にあたる金額を請求できます。兄弟姉妹には認められていません。
いくら請求できるか 相続人の組み合わせで割合が決まります。計算の基礎になるのは、亡くなった時点の財産に一定の生前贈与を加え、債務を差し引いた金額です。
→ 割合や対象になる財産については、遺留分のページにまとめています
3. 誰を相手に請求するか
遺言で財産を受け取った人が一人だけであれば、迷うことはありません。しかし、遺贈を受けた人が複数いる場合や、生前贈与を受けた人もいる場合には、誰にいくら請求するのかを決めなければなりません。ここは実務でも悩ましい部分です。
相手方を自由に選べるわけではありません
遺贈と生前贈与の両方がある場合、まず遺贈を受けた人が負担します。生前贈与を受けた人に請求できるのは、遺贈を受けた人に請求してもなお足りない部分に限られます。
「資力のある人に請求したい」「関係の薄い人から取りたい」と考えても、その順序を飛び越えることはできません。
遺贈を受けた人が複数いる場合
それぞれが受け取った財産の価額の割合に応じて負担します。
たとえば、長男に6,000万円、次男に2,000万円の遺贈がされていた場合、負担の割合は3対1になります。請求できる金額が1,000万円であれば、長男に750万円、次男に250万円という配分です。
ただし、遺言の中で負担の割合について別の定めがあれば、それに従います。
「相続させる」という遺言の場合
特定の相続人に財産を相続させるという遺言で財産を取得した相続人も、遺贈を受けた人と同じように扱われます。実際のご相談では、こちらの形の遺言が多くを占めます。
相手方も相続人である場合
相手方自身にも遺留分があるときは、その人の遺留分にあたる額を超える部分についてだけ負担します。相手方の取り分を、その人の遺留分より下に食い込ませることはできません。
生前贈与を受けた人が複数いる場合
時期の新しい贈与から順に負担します。古い贈与を受けた人に請求できるのは、新しい贈与を受けた人に請求してもなお足りない場合です。同じ時期の贈与であれば、価額の割合によります。
相手方に支払う資力がない場合
資力のない相手方が負担すべき分を、他の人に回すことはできません。回収できない危険は、請求する側が負うことになります。
そのため、請求に入る前に、相手方の資力をある程度見ておく必要があります。不動産を受け継いでいるのか、それを売ることができるのか。この見通しが、進め方を左右します。
手続の上での悩ましさ
相手方が複数いる場合でも、全員を相手にしなければならないわけではありません。一人だけを相手に請求することもできます。ただし、請求しなかった人が負担すべき分は、受け取ることができません。
調停は、原則として相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てます。相手方が各地に住んでいると、手続が分かれてしまうことがあります。
さらに、ご親族の間の争いですので、誰を相手取るかによって、その後の関係が変わります。法律上の負担の順序を守りながら、実際にどこまで請求するのかを検討することになります。この判断は、事案ごとに異なります。
4. 内容証明郵便を送る
何のために送るのか
1年の期間内にしなければならないのは、「遺留分侵害額を請求する」という意思表示です。この意思表示をすれば、権利の行使は完了します。
意思表示は口頭でも有効です。しかし、後になって「聞いていない」と言われれば、それを証明しなければなりません。内容証明郵便(配達証明付き)で送れば、どういう内容の文書を、いつ相手方に届けたかが記録に残ります。
相手方が複数いる場合は、請求する相手方の全員に、それぞれ送ってください。一人に送っても、他の人に対する請求をしたことにはなりません。
何を書くか
必要なのは、次の点です。
- 亡くなった方の氏名と、亡くなった日
- 問題にしている遺言または生前贈与を特定すること
- 遺留分侵害額を請求する、という意思表示
- 差出人の氏名と日付
1年の期間を確保するだけであれば、金額を書く必要はありません。遺留分侵害額を請求するという意思が分かる程度に特定されていれば足ります。財産の全体がわからない段階でも、期限に間に合わせることができます。
ただし、金額を示さないままでは、遅延損害金が発生しません。次で説明します。
そこで実務では、分かっている範囲で概算の金額を出して請求します。正確な数字は交渉の中で詰めればよく、資料が出てきて金額が変われば、その時点で調整すれば足ります。金額が固まらないことを理由に請求を先延ばしにするより、概算で早く出すほうが有利です。
遅延損害金は、金額を示して初めて動き出します
遺留分侵害額請求の意思表示をすると、金銭の支払を求める債権が発生します。この債権には支払期限の定めがありませんので、履行を請求した時から遅延損害金が発生します。
ここで注意が必要なのは、期間を確保するための請求と、遅延損害金を発生させる請求は別だという点です。前者は金額を示さなくてよいのに対し、後者は金額を示して支払を求める必要があります。
金額を示さないまま何年も交渉を続けていると、その間の遅延損害金は積み上がりません。相手方にとっては、引き延ばすほど得になります。
逆に、早い段階で金額を示しておけば、相手方が支払いを拒んで長引いた分は、遅延損害金として上乗せされます。任意に支払わない相手方に対しては、時間が経つこと自体が請求する側の不利益ばかりではなくなります。
相手方が受け取らなかったら
相手方が郵便局からの通知を無視し、保管期間が過ぎて戻ってくることがあります。この場合でも、通常であれば意思表示は到達したものと扱われます。相手方が受け取りを拒んだからといって、請求ができなくなるわけではありません。
ただ、争いを避けるため、内容証明郵便が戻ってきたときは、同じ文書を普通郵便でも送っておく、相手方の別の住所にも送る、といった対応をしておきます。
期間にご注意ください
請求できるのは、相続の開始と、遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知ったときから1年です(民法1048条前段)。相続の開始から10年を経過したときも、請求はできなくなります(民法1048条後段)。
遺言の効力そのものを争っている場合でも、この1年は進行します。遺言無効確認の手続と、遺留分侵害額請求は、並行して進めてください。
なお、意思表示によって金銭の支払を求める債権が発生します。この債権は、権利を行使できることを知った時から5年で消滅時効にかかります(民法166条1項1号)。
5. 交渉
この段階ですること
内容証明郵便を送ると、相手方から連絡が来ることが多くあります。代理人の弁護士が立つこともあります。
まず行うのは、資料の開示を求めることです。預貯金の残高、不動産の権利関係、生前の出金の状況。相手方が財産を把握している立場にある場合、こちらは資料を持っていないのが通常です。
そのうえで、金額の計算について話し合います。多くの場合、争点は次の3つに絞られます。
- 不動産をいくらで評価するか
- 生前の出金や贈与を、計算に入れるかどうか
- 債務をどう扱うか
交渉で決まること、決まらないこと
金額の差が小さければ、この段階で解決します。支払いの時期や分割払いについても、柔軟に決められます。
一方、不動産の評価が大きく食い違う場合や、相手方が資料を出さない場合には、交渉は行き詰まります。そのときは、早めに調停へ移るほうが結果的に早く進みます。
6. 調停
調停を申し立てる
遺留分侵害額請求について訴訟を起こす場合、先に調停を経ることが求められています。訴訟を提起しても、裁判所の判断で調停に回されるのが通常です。そのため、交渉がまとまらなければ、調停の申立てに進みます。
申し立てるのは、原則として相手方の住所地を管轄する家庭裁判所です。当事者の合意で別の裁判所を定めることもできます。
必要な書類は、申立書のほか、亡くなった方と相続人の関係がわかる戸籍謄本、遺言書の写し、財産がわかる資料(不動産の登記事項証明書、固定資産評価証明書、預貯金の通帳など)です。
調停はどのように進むか
調停には、裁判官と2名の調停委員が関わります。当事者が同じ部屋で顔を合わせることは、通常ありません。交互に部屋へ入り、それぞれの言い分を伝えます。
期日はおおむね1か月から2か月に1回で、その間に資料を追加したり、評価の根拠を示したりしていきます。
調停には、資料が出てくるという利点があります
交渉の段階では、いくら求めても相手方が資料を出さないことがあります。同居していた相続人が財産を把握していて、こちらには通帳も権利証もない、という事案では特にそうです。
調停になると、裁判所から求められる形になりますので、資料が出てきます。確定申告書のように、任意の交渉ではまず出てこないものが出てくることもあります。財産の全体がわからないまま止まっている事案では、これが一番効きます。
先ほど、財産がわからなくても概算で請求しておくべきだと述べました。その概算を正確な金額に詰めていく作業は、調停の中で進むことになります。
調停は時間がかかると思われがちですが
実際には、当事者だけの話し合いを続けるより、調停のほうが早く解決することが多くあります。早ければ半年、長くても1年ほどで、解決の道筋は見えてきます。
理由は2つあります。1つは、裁判官と調停委員が、法的な筋道に沿って話を整理してくれることです。根拠のない主張は、そこで通らなくなります。もう1つは、期日が決まっているため、話が止まったままにならないことです。
当事者だけで話していると、感情的な対立で進まなくなるか、結論の出ない主張が繰り返されます。そうした状態が何年も続くことを考えれば、早い段階で調停に移るほうが、負担は小さくて済みます。
直接顔を合わせずに進められる点も、ご家族の間の争いでは大きな意味があります。
それでも動かない相手はいます
遺言で全部を託された側は、自分にすべての権利があると思っていることが多くあります。母親に遺言を書いてもらい、その経緯も知っている。そうした立場からすれば、他の兄弟に支払う理由が理解できません。悪意というより、前提が違うのです。
ですから、当事者だけの交渉では歩み寄りが起きにくく、第三者が法的な整理を示して初めて動く方もいます。調停が有効なのは、この場面です。
一方で、それでも前提が変わらない方もいます。支払う側は資力があることが多く、払えないのではなく払いたくないという事案です。この場合、期日を重ねても結論は動きません。
調停をだらだらと続けるのは、戦術として適切ではありません。どこまでなら受け入れるか、これを超えるなら訴訟に移るかという線を決めて、相手方に明確に伝えることが必要です。
この線を引けるのは、判決になったときの結論が見通せるからです。見通しがなければ、相手方の提示額を受けるべきかどうか判断できず、期日だけが重なっていきます。
7. 訴訟
調停が成立しなかった場合
調停で合意ができなければ、訴訟を提起します。遺留分侵害額請求は金銭の請求ですので、請求額に応じて地方裁判所または簡易裁判所に申し立てます。
相手方が複数いる場合、それぞれに対する請求をまとめて一つの訴訟で行うことが多くあります。
何を立証するのか
主な争点は、調停の段階と変わりません。
- 不動産の評価 当事者の主張が食い違う場合、裁判所の手続の中で不動産鑑定士による鑑定を行います。評価額が変われば、受け取れる金額も変わります。
- 生前贈与があったかどうか 相手方は「贈与ではなく貸付だった」「生活費として渡されたにすぎない」と主張してくることがあります。預貯金の取引履歴を丁寧に追い、送金の時期や金額の大きさから、贈与といえるかを主張していきます。
- 期間の経過 「知ってから1年を過ぎている」という反論です。いつ何を知ったかが争われます。内容証明郵便を早い段階で送っておくことが、ここで効いてきます。
遅延損害金もあわせて請求します
訴訟では、遺留分侵害額とともに、遅延損害金の支払も求めます。金額を示して請求した日の翌日からの分が、判決で認められます。
任意に支払わない相手方に対しては、判決まで進めるほうが結果的に有利になることがあります。交渉で歩み寄ることに意味があるのは、こちらの言い分が通じる相手に限られます。
判決まで行くとは限りません
訴訟でも、鑑定の結果が出た段階で和解が成立することが多くあります。評価という最大の争点が定まれば、双方が結論を見通せるようになるためです。
8. 支払いを受けるまで
調停や訴訟で合意ができれば、その内容は調停調書や和解調書に残ります。これらは判決と同じ効力を持ちますので、相手方が支払わない場合には、預貯金や不動産に強制執行をすることができます。
なお、相手方がすぐに支払えない場合、裁判所に対して支払の期限の猶予を求めることが認められています(民法1047条5項)。不動産を受け継いだものの現金がない、という場面で使われます。
→ 相手方が支払わない場合の対応は、別の記事にまとめています
9. 弁護士に依頼するかどうか
ここまでの手順は、ご自身で進めることもできます。実際、内容証明郵便を送るところまでは、ご自身でされる方もいます。
ただ、次のような場合は、早い段階でご相談いただくほうがよいと思われます。いずれも、弁護士が入ったほうが妥当な解決に早く行き着く場面です。
遺産の種類が多いとき
預貯金だけでなく、不動産、非上場の株式、投資信託、貸付金などが混ざっている場合です。それぞれ評価の方法が違い、資料の集め方も異なります。当事者だけで整理しようとすると、整理ができなかったり、そもそも何を調べればよいかの段階で止まってしまいます。
不動産の権利関係が複雑なとき
共有になっている、借地の上に建っている、底地と借地権が分かれている、賃借人がいる。こうした場合、単純な取引価格では評価できません。権利関係を整理したうえで評価の方法を決める必要があり、ここを誤ると金額が大きく動きます。
評価に争いがあるとき
相手方が低い評価額を主張してくる場面です。査定書をどう集めるか、鑑定を求めるかどうか、どの段階で求めるか。この判断で結論が変わります。当事者だけの話し合いでは、根拠のない金額の応酬が続いて前に進みません。
相手方が寄与分を主張してくるとき
「自分は親の面倒を見てきた」という主張です。介護や家業への貢献を理由に、自分の取り分が多くて当然だと言われることがあります。感情としては理解できる主張ですので、当事者だけで話していると、そのまま押し切られてしまいがちです。
しかし、寄与分は遺産分割の手続で考慮される制度であり、遺留分の計算に持ち込めるものではありません。こうした点は、法的な整理をして初めてはっきりします。
特別受益が問題になるとき
相手方が生前に受けていた贈与を、計算に入れるかどうかの争いです。「贈与ではなく貸付だった」「生活費を渡しただけだ」という反論が出ます。預貯金の取引履歴を長期間さかのぼり、送金の時期と金額から性質を判断していく作業になります。資料の量が多く、見落とすと金額に直結します。
請求する金額をどう立てるか
概算で早く請求したほうがよいとはいえ、どの範囲を見込んで金額を立てるかには判断が要ります。資料が出てくる前の段階で、何をどこまで織り込むか。遅延損害金の起算点にも関わりますので、ここは事案ごとの検討になります。
訴訟に移る時期を見極めるとき
調停を続けるか、区切りをつけて訴訟に移るか。この判断は、判決になったときの結論が見通せて初めてできます。見通しがないまま期日を重ねると、時間だけが過ぎていきます。
なお、財産の調査には、弁護士会を通じた照会など、弁護士でなければ使えない手段があります。また、期間の管理を誤ると、権利そのものを失います。
これらの争点は、放っておいて解決するものではありません。むしろ、当事者だけで時間をかけるほど、感情的な対立が深まり、解決が遠のきます。法的な筋道を早い段階で示すことが、結果的に早い解決につながります。
当事務所では、遺留分に関する無料相談を行っています。夜間のオンライン相談にも対応しています。
遺留分の事件では、着手金はご依頼をお受けするときに、報酬金は解決して金銭をお受け取りになった後にお支払いいただきます。相手方から回収して初めて支払の原資ができるという事件ですので、費用の立て方についても、ご相談の際にあわせてご説明しています。
[遺留分事件の弁護士費用(着手金・報酬金)を見る]
10. 2019年より前に始まった相続について
2019年7月1日より前に開始した相続については、改正前の民法が適用され、「遺留分減殺請求」という制度になります。この場合は金銭の支払を求めるのではなく、贈与や遺贈の効力そのものが失われ、不動産などが共有になることがあるという違いがあります。手続の流れは同じですが、求める内容が変わります。
旧法でも、亡くなった日から遅延損害金がつくわけではありません
よくある誤解ですので、触れておきます。
旧法では、減殺請求の意思表示をすると、不動産などの持分が当然に戻るのが原則でした。この時点では金銭の債権ではありませんので、遅延損害金は発生しません。
金銭の問題になるのは、相手方が現物を返す代わりに金銭で支払うことを選んだ場合(価額弁償)です。そして、支払うべき金額を特定して支払を求めた日の翌日から、遅延損害金が発生するとされています(最高裁平成20年1月24日判決)。
旧法でも新法でも、亡くなった日から遅延損害金がつくことはありません。相続が始まった時点では、誰が請求するのか、そもそも請求するのかも決まっていません。相手方も、いくらをいつまでに支払えばよいのかが分かりませんので、支払わなかったことの責任を問うことはできないからです。







