相続の相談の中には、「亡くなった後になって、認知していなかった子どもの存在が判明した」というケースが、決して珍しくありません。今回は、そのような場面に関する最高裁判所の判決(最高裁判所第三小法廷判決 令和元年8月27日、判例タイムズ1465号49頁)を取り上げ、実務上のポイントを解説します。
1. 事案の概要
被相続人が亡くなり、その時点での法定相続人(配偶者と長男)の間で遺産分割協議が成立し、遺産の分け方が決まりました。
ところが、その後、認知の訴えによって、被相続人の子であることを認める判決が確定した人物(原告)が現れました。認知には遡って効力が生じるため、本来であれば、原告も相続人として遺産分割協議に参加すべきだったことになります。しかし、すでに遺産分割協議は終わっており、これをやり直すのは他の相続人にとって大きな負担です。
そこで民法は、このような場合に遺産分割のやり直しではなく、「価額のみによる支払請求」を認めています(民法910条)。本件では、原告が長男に対し、この規定にもとづいて金銭の支払いを求めました。
2. 争点
争われたのは、原告に支払うべき金額(価額)を計算する際、遺産の「積極財産(プラスの財産)」の価額だけを基準にすべきか、それとも積極財産から「消極財産(借金などのマイナスの財産)」を差し引いた金額を基準にすべきか、という点でした。
- 控除説:消極財産を差し引いた、純粋な取り分(純資産額)を基準にすべき
- 非控除説:消極財産は差し引かず、積極財産の価額そのものを基準にすべき
差し引くかどうかで、原告が受け取れる金額は大きく変わります。この論点は、下級審裁判例や学説でも見解が分かれていた問題でした。
3. 裁判所の判断
最高裁判所は、非控除説を採用しました。すなわち、支払うべき価額は、遺産分割の対象となった積極財産の価額を基準とすべきであり、そこから相続債務(消極財産)を差し引く必要はない、と判断しました。
その理由として、遺産分割は積極財産のみを対象とするものであり、相続債務は認知された者を含む各共同相続人に当然に承継されるものであって、遺産分割の対象にはならないことが挙げられています。分割の対象がもともと積極財産のみである以上、それに代わる価額支払請求の基準も積極財産のみとするのが、当事者間の衡平にかなうという考え方です。
特に実務上重要なのは、次の点が明言されていることです。 本件では、遺産分割協議の際に相続債務の負担について相続人間で合意がされ、その一部が配偶者によって既に弁済されていました。上告人(他の相続人)は、こうした事情がある以上、弁済済みの債務分は差し引くべきだと主張しましたが、最高裁は、相続債務が他の共同相続人によって弁済されていた場合や、相続人間で債務の負担について合意がされていた場合であっても、結論は異なるものではないと明確に判示しています。つまり、「うちはもう借金を清算してしまったから、その分を考慮してほしい」という主張は通らないということです。
4. 実務への示唆
この判決から、実務上、次のようなポイントが読み取れます。
①「後から現れた相続人」がいても、遺産分割自体はやり直さなくてよい
認知によって新たな相続人が判明しても、既に成立した遺産分割協議そのものが無効になるわけではありません。民法910条により、金銭での解決という形が用意されています。この点は、遺産分割協議を終えた後に不安を感じている相続人にとって、重要な安心材料になります。
②支払うべき金額は「プラスの財産」を基準に計算される
消極財産(借金など)を考慮せずに計算されるため、想定より支払額が大きくなる可能性があります。「既に相続債務は自分たちで清算した」「債務の負担について相続人間で話し合って決めた」といった事情があっても、価額支払請求の金額計算には影響しません。遺産に借金が含まれるケースでは、この点を踏まえた資金計画が必要です。
③認知の可能性がある場合は、早めに専門家に相談を
認知の訴えは、被相続人の死亡後3年以内であれば提起できます(民法787条)。遺産分割協議を進める段階で、認知される可能性のある子の存在に心当たりがある場合は、後々のトラブルを避けるためにも、早期に弁護士に相談することをおすすめします。また、ご自身が認知によって相続人となった立場の場合も、価額支払請求権には期間制限があるため、早めの対応が重要です。
関連記事
出典:最高裁判所第三小法廷判決 令和元年8月27日(平成30年(受)第1583号)、判例タイムズ1465号49頁









