特別受益をめぐる争いでは、「何十年も前の話で、証拠がほとんど残っていない」というケースが少なくありません。今回は、約30年前の海外不動産購入資金の援助が特別受益にあたるかどうかが争われた東京高等裁判所の決定(東京高等裁判所決定 令和6年12月18日、判例時報2640号26頁)を取り上げます。古い出来事の特別受益をどう認定し、どう評価するかについて、実務上参考になる事案です。
1. 事案の概要
被相続人には抗告人(海外在住の子)と相手方(国内在住の子)の2人の子がおり、法定相続分は各2分の1でした。遺産分割をめぐり、双方が互いに「相手だけ生前に多額の援助を受けていた」と主張し、複数の特別受益が争点になりました。
その中でも中心的な争点となったのが、抗告人が約30年前に海外の不動産(以下「本件不動産」)を購入した際、被相続人がその代金(約27万7,400ドル)を援助したかどうかという点でした。抗告人は「購入資金は自分の預金であり、被相続人からの援助はない」と主張し、相手方は「被相続人が全額を援助した」と主張して、真っ向から対立しました。
もう一つの争点は、相手方が被相続人所有の土地に無償で自宅を建てて住んでいたことが、特別受益(土地の使用借権相当額)にあたるかどうかという点でした。
2. 争点
① 資金援助の有無・特別受益への該当性
30年近く前の出来事であり、当時の送金記録や契約書類が完全には残っていない中で、被相続人が本件不動産の購入資金を援助したと認定できるか。認定できるとして、特別受益の価額はどのように評価すべきか。
② 土地の無償使用についての持戻し免除
相手方が長年、被相続人所有の土地を無償で使用していたことが特別受益にあたるとしても、被相続人が「その利益は相続財産に持ち戻さなくてよい」という意思表示(持戻し免除の意思表示)をしていたと認められるか。
3. 裁判所の判断
① 資金援助について
裁判所は、直接的な送金記録が完全には残っていない中でも、次のような複数の間接事実を積み重ねて、被相続人による資金援助の事実を認定しました。この事実認定のプロセスは、約30年前の出来事を、限られた証拠からどう立証していくかという点で、非常に参考になります。
時期の近接性という「状況証拠の柱」
まず基本となったのは、被相続人が別の不動産(本件F不動産)を売却した時期と、本件B不動産の代金支払時期が極めて近接していたという事実です。裁判所は、「本件F不動産が売却されたこと自体が、その売買代金が本件B不動産の購入資金に充てられたことを推認させる事実となっている」と述べ、これを推認の出発点としました。
関係者の陳述の信用性を、具体性の有無で比較する
被相続人の子(相手方の元配偶者C)は「被相続人が資金を拠出した」と明確に陳述した一方、抗告人(資金援助を否定する側)は「自分の定期預金が原資である」と陳述しました。裁判所はこの対立する陳述の信用性を、内容の具体性で比較しています。Cの陳述には、不動産の買主が「支払期限があり早急に送金しなければならないということで契約を急がされた」と語ったメールなど、具体的な状況を裏付ける周辺証拠が伴っていました。これに対し、抗告人の「長期滞在費用のために大金を送金したと聞いた」という陳述については、「あえて不動産を売却してまで準備すべきものであるか疑問である」として、具体性に欠けると評価されています。
さらに、Cの友人2名が「Cから、被相続人に不動産を売却した資金を出してもらったと聞いた」という伝聞的な陳述をしていた点についても、裁判所は「相手方との関係では特段の利害関係はない」「その内容に特段の不自然さもなく、相応の信用性を有する」と評価し、複数の独立した供述が互いに補強し合っている点を重視しました。
「なぜ、それを提出しないのか」という不提出の評価
特に印象的なのは、抗告人が「購入資金は自分の定期預金である」と主張しながら、その預金の存在を裏付ける残高証明書などの客観的資料を一切提出しなかった点です。裁判所は「抗告人は、(中略)これを裏付ける客観的な資料を提出しない」「(他の預金資料は提出しているのに)本件B不動産の購入資金の直接の裏付けとなる(略)定期預金についての資料を提出しないのは不合理である」と、かなり踏み込んだ表現で指摘しています。反論の柱となるはずの証拠を出さないこと自体が、その主張の信用性を減殺する事情として扱われた形です。
被相続人の手帳の記載
被相続人自身の手帳にも、抗告人名義の海外口座の支店名・口座番号らしき記載が残されていました。裁判所は「送金したことを直接裏付けるものではないが、被相続人が抗告人の口座に送金する必要があったことを推認させる事実である」と評価しています。
日記帳という「本人の記録」からの推認(※この項目、記載主体について原審判で確認中)
証拠として特に興味深いのは、被相続人の手帳に加え、資金援助を否定していた抗告人自身の日記帳の記載です。抗告人の日記帳には、不動産の売主の連絡先とともに、「残$280,000」「税金・取得税・固定資産税・名義」といったメモや、建物の間取り・敷地面積のメモ、土地の略図までが記載されていました。裁判所は、この金額が実際の残代金(27万7,400ドル)とおおむね符合すること、記載されている建物の部屋数や敷地面積が本件不動産の客観的状況と合致していることを踏まえ、この記載が「抗告人の同不動産の残代金を援助したことを推認させるものであり、(被相続人が資金を拠出したという)Cの陳述の裏付けとなるものである」と判断しました。資金援助を否定する側であった抗告人自身が残していた日々の記録が、かえって援助の事実を裏付ける証拠として機能した、という点は、この事案の象徴的なエピソードといえます。
多数の反論に対する、一つひとつの丁寧な検討
抗告人側は、原審判後に見つけた新たな送金記録を根拠に「被相続人には資金援助をする資力がなかった」と主張したほか、預金の解約記録、不動産取引実務における資金証明書提出の慣行、エスクロー(決済代行)手続の一般的なタイミングなど、多角的に反論を試みました。裁判所は、これらの反論の一つひとつについて、時系列の整合性、業界慣行に関する複数の見解の対立、提出された証拠の限界などを個別に検討した上で、いずれも先の認定を覆すには至らないと判断しています。この丹念な検討の積み重ねが、最終的な認定の説得力を支えています。
さらに注目すべきは、特別受益の価額の評価方法です。裁判所は、贈与額(27万7,400ドル)を当時の為替レートで日本円に換算した上で、贈与時と相続開始時との消費者物価指数の変動を考慮し、相続開始時点の貨幣価値に引き直して特別受益額を算定しました。これにより、単純に贈与当時の金額をそのまま使うのではなく、物価変動分を反映したより実質的な金額(約3,260万円)が認定されています。
なお、被相続人が資金を援助したことについて、「不動産そのものを贈与したのと同視すべき」という相手方の主張に対し、裁判所は「被相続人が残代金のほぼ全額を援助したものであるとしても、当然にその資金援助を不動産の贈与と同視すべきであるとまでいえるかは疑問がある」と述べ、これを退けました。購入手続の主体はあくまで抗告人自身であり、資金援助と不動産そのものの贈与は法的に異なる、という判断です。
② 土地の無償使用について
裁判所は、相手方が土地を無償で使用してきたこと自体は特別受益にあたり得ると認めました。しかし、その建物がもともと被相続人との二世帯同居を前提に建てられたものであったこと、そして相手方夫婦が長年にわたり、高齢の被相続人の介護や生活支援を担ってきた実情があったことを踏まえ、「上記使用借権相当額が特別受益に当たり得るとしても、これについては被相続人の黙示の持戻し免除の意思表示があったと認めるのが相当である」と判示しました。さらに裁判所は、「客観的にみて相手方との同居により被相続人が利益を得ていたことは否定できない」とも述べており、同居によって被相続人自身も生活上の利益を得ていたという事情を、黙示の持戻し免除を認める理由の一つとして重視しています。明確な「持ち戻さなくてよい」という発言や書面がなくても、同居・介護という実質的な事情から、黙示の意思表示を認めた点がポイントです。
4. 実務への示唆
①古い出来事でも、間接証拠の積み重ねで特別受益は認定され得る
直接的な証拠(送金明細など)が残っていなくても、時期の近接性、手帳やメモ、日記帳の記載、関係者の証言といった間接証拠を丹念に集めることで、特別受益の存在を立証できる可能性があります。本件では、被相続人の手帳の口座メモや、抗告人自身の日記帳に書かれた金額・物件情報のメモまでもが、重要な証拠として扱われました。ご相談の際、「こんな古いメモや日記が役に立つのか」と思われるようなものでも、念のため保管・提出をおすすめすることがあるのは、こうした裁判例の積み重ねがあるためです。
逆に言えば、贈与を受けていない側も、それを裏付ける客観的な資料(残高証明書など)を用意できないと、不利な認定を受けるリスクがあります。本件でも、「自分の預金が原資だ」と主張しながら、その預金自体の資料を提出しなかったことが、明確に不利な事情として扱われました。特別受益をめぐる争いでは、早い段階での資料収集と、主張を裏付ける証拠を実際に提出することが極めて重要です。
②特別受益の評価額は「相続開始時の価値」に引き直される
古い贈与であるほど、贈与当時の金額をそのまま使うのか、現在の価値に引き直すのかで、金額が大きく変わります。本件のように、消費者物価指数を用いて実質的な価値に引き直す手法は、他の高額な古い贈与(不動産購入資金、事業資金など)についても応用できる考え方です。
③同居・介護の実態は、持戻し免除の判断に大きく影響する
「無償で家を建てさせてもらった/住まわせてもらった」という利益があっても、それが長年の同居や介護とセットになっている場合、明確な意思表示がなくても持戻し免除が認められることがあります。介護を担ってきた相続人にとっては有利な材料になり得る一方、他の相続人からすれば、こうした「暗黙の合意」の主張に対抗するには、実際の介護の実態や同居の経緯について具体的な反証を準備する必要があります。介護の貢献を遺産分割に反映させる方法としては、特別受益の持戻し免除のほか、寄与分という制度もあります。詳しくは「寄与分とは何か? どうやったら認められるのか」の記事もご覧ください。
関連記事
出典:東京高等裁判所決定 令和6年12月18日(令和6年(ラ)第100号)、判例時報2640号26頁











