配偶者居住権は、2020年4月に新設された比較的新しい制度です。「自宅の名義は子どもに、でも配偶者はそのまま住み続けたい」というニーズに応えるための仕組みで、遺産分割の選択肢を大きく広げました。今回は、制度の基本から実務上の注意点までを整理します。
1. 配偶者居住権とは何か
配偶者居住権とは、残された配偶者が、被相続人が所有していた建物に相続開始時点で居住していた場合に、その建物の所有権を他の相続人が取得しても、原則として終身にわたり、無償でその建物に住み続けることができる権利です(民法1028条以下)。
ポイントは、「所有権」と「居住権」を分離できる点にあります。配偶者は所有権そのものを取得しなくても、住み続ける権利だけを確保できるため、他の財産(預貯金など)をより多く取得しやすくなります。
2. 制度が生まれた背景
従来、配偶者が自宅に住み続けたい場合、自宅の所有権そのものを相続する必要がありました。しかし、遺産の大部分が自宅の評価額で占められているケースでは、自宅を取得すると、その分預貯金などの取得分が減ってしまい、「住む場所は確保できたが、生活費に困る」という事態が起こりやすいという問題がありました。配偶者居住権は、高齢化が進み、配偶者のその後の生活期間が長くなっていることを踏まえ、住まいと生活資金の両方をバランスよく確保できるようにするために新設されました。
3. 成立の要件
配偶者居住権が成立するためには、次の要件を満たす必要があります。
- 配偶者が、相続開始の時点で、被相続人が所有していた建物に居住していたこと
- 遺産分割協議・調停・審判、または遺言(遺贈)によって、配偶者が配偶者居住権を取得すると定められたこと
- 対象となる建物が、被相続人が配偶者以外の人と共有していた建物でないこと(配偶者と2人で共有していた場合は対象になります)
なお、この制度が使えるのは、2020年4月1日以降に発生した相続に限られます。 施行日より前に亡くなった方の相続については、配偶者居住権を設定することはできません。
また、内縁の配偶者(事実婚のパートナー)は対象外です。あくまで法律上の配偶者であることが前提となります。
4. 配偶者短期居住権との違い
配偶者居住権とは別に、「配偶者短期居住権」(民法1037条以下)という制度もあり、混同されやすいため整理しておきます。
| 配偶者居住権 | 配偶者短期居住権 | |
|---|---|---|
| 存続期間 | 原則終身(別段の定めも可能) | 遺産分割が終わるまで、または相続開始から最低6ヶ月間 |
| 成立に必要な手続き | 遺産分割協議・審判、または遺言 | 特別な手続き不要(要件を満たせば当然に発生) |
| 登記 | 可能(対抗要件として重要) | 登記制度なし |
配偶者短期居住権は、遺産分割の結論が出るまでの「つなぎ」の権利として、特に手続きをしなくても当然に認められるものです。一方、配偶者居住権は、終身にわたる長期的な権利のため、遺産分割協議や遺言など、明確な取り決めが必要になります。
5. 設定の方法
配偶者居住権を設定する方法は、主に次の2つです。
- 遺言による遺贈:被相続人が、生前に遺言で「配偶者に配偶者居住権を遺贈する」と定めておく方法です。なお、婚姻期間が20年以上の夫婦の場合、配偶者居住権の遺贈については、原則として「特別受益の持戻し免除」の意思表示があったものと推定される優遇措置があります(民法903条4項)。これにより、配偶者居住権の価額を、他の遺産の取り分から差し引かずに済む可能性が高まります
- 遺産分割協議・調停・審判:相続開始後、相続人間の話し合いや、裁判所の手続きの中で、配偶者が配偶者居住権を取得することを定める方法です
いずれの方法でも、忘れずに登記をしておくことが重要です。配偶者居住権は、登記をすることで初めて、建物の新しい所有者以外の第三者(建物を譲り受けた人など)にも対抗できるようになります。登記をしていないと、所有者が第三者に建物を売却してしまった場合に、権利を主張できなくなるおそれがあります。
6. メリット
- 住まいと生活資金の両方を確保しやすい:所有権より低い評価額で居住権を得られるため、預貯金など他の財産も取得しやすくなります
- 他の相続人との関係を整理しやすい:自宅の所有権は子どもなどが取得しつつ、配偶者の居住は保護されるため、「所有」と「居住」を分けて円満な分割を実現しやすくなります
- 相続税評価上のメリットが生じる場合がある:配偶者居住権は、配偶者の死亡によって消滅し、その際に別途相続税が課税されることはありません。将来の二次相続を見据えた対策として活用されることもあります(税務上の詳細は税理士にご確認ください)
7. デメリット・注意点
- 譲渡できない:配偶者居住権は、第三者に売却したり譲渡したりすることができません
- 所有者の承諾なく賃貸に出せない:建物を賃貸に出したい場合は、所有者の承諾が必要です
- 住宅ローンが残っている場合は複雑になることがある:抵当権が設定されている建物の場合、権利関係の調整が必要になるケースがあります
- 配偶者以外との共有建物には設定できない:被相続人が配偶者以外の人(例えば子)と共有していた建物には、配偶者居住権を設定できません
- 登記を忘れると、権利を第三者に主張できなくなるリスクがある
8. どのようなケースで活用すべきか
次のようなケースでは、配偶者居住権の活用を積極的に検討する価値があります。
- 遺産の大部分が自宅の評価額で占められており、配偶者が自宅を取得すると預貯金などをほとんど取得できなくなってしまう場合
- 配偶者と、自宅を取得する予定の子との関係が良好で、居住権と所有権を分けることに双方が納得できる場合
- 先に配偶者が亡くなった後、いずれ子が自宅を取得する前提があるが、当面は配偶者に安心して住み続けてほしい場合
一方で、配偶者と子の関係が悪い場合や、将来的に自宅を売却する可能性が高い場合は、かえって権利関係が複雑になることもあるため、慎重な検討が必要です。
9. 弁護士に依頼するメリット
配偶者居住権の評価額の算定や、他の相続人との調整、登記手続きには専門的な判断が必要です。特に、遺産分割協議の中で配偶者居住権を設定する場合、他の相続人の同意を得るための交渉が必要になることもあります。弁護士に依頼することで、評価額の考え方から、他の相続人との交渉、登記手続きの案内まで、一貫したサポートを受けられます。
- 遺産分割協議とは?進め方と成立させるためのポイントを弁護士が解説
- 代償分割・換価分割・現物分割の違いとは?
- 相続財産調査・財産目録の作り方
- 特別受益はなぜ認められ、どうあつかわれるのでしょう?
10. まとめ
配偶者居住権は、「住まい」と「生活資金」の両方を確保したい配偶者にとって、有効な選択肢となる制度です。ただし、譲渡できない、共有建物には使えないなどの制約もあるため、ご自身の状況に合っているかどうかを慎重に見極める必要があります。制度の活用を検討する際は、早めに弁護士にご相談ください。











