医療法人は非営利法人という特性があるため、民間企業のような営利法人のM&Aとは様々な点が異なります。M&A後の地域住民の医療サービスを視野に入れたうえで、弁護士などの専門家に相談しながら、適切なスキームでM&Aを進めたいものです。
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1. 医療法人もM&A をする
病院やクリニックなどの医療法人は、基本的には非営利法人として運営されています。これは、利益を追求するための企業というわけではなく、患者のために経営するという医療業界の理念に基づいています。
しかし医療法人の中には、経営者が高齢化したことによって病院やクリニックの廃業の危機に見舞われている所がかなり、あります。継承者がいない医療法人は特に、M&Aを検討して事業継承をすることで、廃業のリスクを回避することができます。
医療法人のM&Aでは、ほかの民間企業とは異なる点がいくつかあります。どのような特徴があるのでしょうか。
1-1. 多く用いられるスキーム
M&Aにはたくさんのスキームがあります。その中でも医療法人のM&Aスキームとして多く用いられるのは、新設合併と吸収合併という方法です。特に吸収合併はとても一般的で、医療法人のM&Aを検討した場合には、まず、最初にこのスキームが候補となります。
合併することで、M&Aにおいて発生する様々な間接コストを合理化できるというメリットがあります。また人材の配置にも流動的に対応でき、売却側の医療法人で働いていたスタッフの継続雇用が可能となります。
さらに、売却側と買収側が同一の医療圏なら、病床の移動も可能です。医療機関を大幅に再編することなく、医療スペースの拡大を実現できるというメリットがあります。
持ち分譲渡というスキームもまた、医療法人のM&Aで選択されやすいです。これは出資持ち分がある社団医療法人に採用されやすいスキームで、イメージとしては株式譲渡を株式ではなく持ち分に置き換えたものになります。社団法人が持っている社員の持ち分を、買収側が買い取るというM&Aです。
分割というスキームもあります。医療法人は会社ではないため、会社分割とは呼びません。しかしこのM&Aスキームの分割は、一般的なM&Aでは会社分割に当たるスキームで、医療法人が部分的に事業を丸ごと承継するというものです。
1-2. 医療法人の類型はどうなるのか?
医療法人には、持分があるタイプとないタイプがあります。厚生労働省では「持分」を、「定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻し又は残余財産の分配を受ける権利」としています。つまり、定款で決まっている出資に応じて残余財産を分配される権利です。
出資持分なしの医療法人とは、社団法人で、その定款に出資持分に関する規定がなく、持分が一切ないものとなります。第五次医療法改正によって、出資持分あり医療法人の新規設立が認められなくなりなったので、2007(平成19)年4月1日以降新しく設立された医療法人は、全て出資持分なし医療法人です。
出資持分なし医療法人の一類型として、基金制度を採用しているものを「基金拠出型医療法人」といいます。基金とは、医療法人に拠出された金銭その他の財産のことであって、医療法人は拠出者に対して、定款で定められた条件に従って返還する義務があります。
M&Aすることによって、医療法人の持分のアリ・ナシの類型が変わるケースと変わらないケースとがあります。売却側と買収側どちらも持ち分ナシの類型なら、M&A後にも持ち分なしの類型を継続するのが一般的です。
もしも両社が持ち分ありの類型の場合には、合併後には持ち分ありかなしかを、選択することができます。しかしどちらかが持ち分アリでもう片方が持ち分ナシの場合には、合併後には持ち分ナシの医療法人という類型となります。
つまり、合併前の医療法人が買収側も売却側もどちらも持ち分アリの場合に限り、持ち分アリの類型を選択できるという事です。どちらかが持ち分ナシの場合、合併後は自動的に持ち分ナシの区分となります。
この類型が変わることによって、税務面での対応も変わってきます。そのため、自身と異なる類型の医療法人と合併を検討している場合には、税務の専門家や弁護士に相談したうえで、慎重に決断することをおすすめします。
1-3. 医療法人のM&Aにかかる期間は?
M&Aは、どんな業界でも最終契約までに数か月以上はかかることが多いものです。医療法人の場合には、行政への事前相談をすることから始める必要があり、法人格をどうするかという問題への取り組み、また税金面での対応など、事前に調査する項目が多くあります。
こうした事前調査を行った上で、医療法人のM&Aにおいては、合併に際して医療審議会で承認を得なければいけません。医療審議会がいつ開催されるのか、そこで審議してもらうためにはどんな書類をいつまでに提出すればよいのかも事前に確認したうえで、必要な準備をします。この点は、ほかの業界には必要ない医療法人ならではの特徴と言えるでしょう。
医療審議会とは、都道府県知事の諮問機関として、医療法に基づいて設置された機関です。
もう一つ、医療法人のM&Aでも、債権者保護手続きが必要です。これは、債権者の利益を守るために行うM&Aで必要な手続きで、債権者からの異議申し立てを受け付けたうえで、弁済や担保提供などを行うというものです。一般的には債権者へ公告してから2か月程度の期間を要します。医療法人のM&Aにおいては、取引面や金融機関の面で問題がないことを、官報へ公告することが義務付けられています。
これらの作業を行うため、医療法人のM&Aは、約1年ぐらいの期間がかかると考えるのが適切です。急いでも半年以上かかることが多いため、期間に余裕を持ったM&Aの手続きが必要不可欠です。
1-4. 事業譲渡ではさらに多くの手続きが必要
もしもM&Aで事業譲渡というスキームを選択すると、売却側の経営主体がM&Aによって変わります。その際には、医療機関の閉鎖及び開設の届け出が必要となるため、事前に行政へ事業譲渡に関する承認を得なければいけません。また地域医療の構想にも影響が出るため、地域医療構想調整会議にも審議を依頼する必要があります。特に譲渡される医療法人が病床を持つ医療機関だと、地域医療構想調整会議での審議は必須となるため、注意してください。なお、その際には、相談の窓口は都道府県となるでしょう。
事業譲渡の場合には、従業員の取り扱いが異なります。合併吸収の場合には、従業員の雇用は継続雇用でしたが、事業譲渡となると、従業員はいったん退職したうえで、譲渡先の医療法人から雇用されるという手続きが必要となります。その旨を、従業員に説明して合意を得ておく必要もあります。
1-5. 医療法人のM&Aが増えている理由とは?
近年では、医療法人のM&Aが増えています。特に地方の病院では、人口減少によって患者数も減っており、病院の経営が難しくなってしまうケースが少なくありません。地方の病院のM&Aでは、この財政難が理由のM&Aが多く見られます。
後継者がいないという問題は、中小規模の医療法人でよくみられるM&Aの理由です。地方にある病院や小中規模の病院では、医療を目指す人材が都市部に流出したり、規模の大きな病院での労働を希望するなどで、後継者問題を抱える病院が多くあります。後継者がいなければ病院の存続は難しくなってしまうため、M&Aによって病院を存続させようと考える医療法人は増えています。
2. 医療法人がM&A を行うメリット
医療法人のM&Aは、手続きの面で一般的なM&Aよりも複雑となります。それでもM&Aを行うメリットは、ひとえに地域住民のためと言えるのではないでしょうか。
医療機関があるエリアによっては、地域で暮らす住民が、ほかに医療機関が少なくかかりつけの医療機関が廃業になってしまうととても困るというケースは少なくありません。地域の中で継続的に医療サービスを提供することは、医療法人のM&Aにおける最大のメリットです。
さらに、廃業ではなくM&Aすることで、その医療機関に最新の医療設備が導入されたり、経営方針が一新されることによって、地域住民にとってはより利用しやすい医療機関へと改善できる可能性も期待できます。どの医療機関とM&Aするかという点は、地域住民のこれからの生活に大きな影響を与えます。
3. 医療法人のM&A はどんな企業が買手候補になる?
医療法人のM&Aにおいては、合併の場合でも事業継承の場合でも、一般的には買い手側も医療法人となります。どちらも医療法人なら、提供してきたサービスを引き継ぎやすいですし、地域で暮らす住民にとっても、スムーズな移行が実現します。売却側の医療法人が提供してきた医療を問題なく引き継げる候補となると、必然的に医療法人が候補となります。
医療法人ならどんなところでもよいのかと言えば、決してそうではありません。M&Aによって合併の場合でも事業継承の場合でも、買収するための資金力を持つ医療法人でなければ、M&Aの買手としてはふさわしくありません。そうなると、買手候補となれる医療法人の数は、限られてくるのではないでしょうか。
3-1. 株式会社は対象外
医療法人のM&Aにおいては、株式会社は対象外となります。その理由は、株式会社は営利目的で経営する営利法人だからです。団体が非営利団体で、その非営利性が確保されていれば、必ずしも医療法人でなければいけないというルールはありません。その場合でも、医療法人以外がM&Aの買手となることは、決して簡単ではありません。
4. 医療法人M&A の特徴
医療法人のM&Aには、一般的なM&Aにはないユニークな特徴があります。
4-1. 営利法人は社員やオーナーになれない
医療法人は、非営利性のある法人団体です。そのため、営利法人は、医療法人への出資は法律によって認められているものの、営利法人が非営利な医療法人のオーナーになったり、社員になるという事は、認められていません。
もしも営利法人が非営利の医療法人へM&Aのタイミングなどで出資した場合には、非営利団体は返済の必要はありません。これは厚生労働省の見解となっているため、もしも、営利団体が医療法人への出資やM&Aを検討している際には注意が必要です。
4-2.営利法人の社員は医療法人の役員にはなれない
これも、医療法人が非営利団体であるために禁止されていることです。一般企業のような営利法人の役員や職員は、残念ながら医療法人の役員や理事などに就任することはできません。もしもM&Aという手段で医療法人を買収した場合でも、残念ながら理事長や役員となって直接的な経営を行うことは認められていません。
4-3. 営利法人の社員が個人で医療法人の社員になることは可能
民間企業という営利法人は、医療法人の理事や役員になることはできません。しかし、一般企業に勤務する役員や社員という個人なら、医療法人の社員になることは法律的に可能です。ただし、専門家の多くは、医療の非営利性の面からあまり好ましくはないと考えるため、M&Aにおいてもあまり積極的にアプローチできるスキームではないでしょう。
5. 医療法人のM&A に成功するためのポイント
医療法人のM&Aに成功するためには、どんなポイントを押さえたら良いのでしょうか。
5-1. ガバナンスコントロールで経営権を管理
医療法人のM&Aを成功するためには、まず売却側の医療機関が譲渡する経営権をどのように管理するかがとても重要な役割を果たします。
一般的な営利法人の場合、経営権をコントロールするには売却企業の50%以上の株を取得しなければいけません。しかし医療法人の場合には、経営権の取得方法は一般的なM&Aスキームとは異なります。医療法人において意思決定を行う最高機関は、株主総会ではなく社員総会と呼ばれるものです。これは、社員1人が議決権1票を持ち、社員総会によって可決するかを決めます。
そのため、潤沢な資金があってもその医療法人で働く従業員からの反発を受けると、経営権の面では思い通りに、舵がとれなくなってしまうリスクが高くなるでしょう。
5-2. 経営方法を工夫する
医療法人の経営においては、直接経営と間接経営という2つの方法があります。友好的買収の場合には、直接経営でも社員からの賛同を得やすいのですが、もしも敵対的買収を行うのなら、間接経営を前提としたM&Aのスキームが必要不可欠となります。
間接経営というのは、その病院がある土地や建物を買収することで、経営を間接的にコントロールしようというものです。不動産の所有者となることによって、経営に直接的な影響はないものの、大きな影響力を手に入れることは可能となるでしょう。
間接経営には、メディカルサービス法人を介して経営に携わるという方法もあります。メディカルサービス法人は医療法人にサービスを提供することを目的とした営利法人で、ここなら営利法人にとっては医療法人との窓口として機能できます。
6. 医療法人のM&A にかかる費用はどのぐらい?
医療法人のM&Aにおいて、どのぐらいの売買価額がつくのかは、いくつかの計算方法で算出できます。
1つ目は、資産基準と営業権の価値を計算し、加算して医療法人全体の価値とする計算方法です。2つ目は買収事例比較方式で、過去の買収事例をもとに、敵背地価額を計算するという方法です。3つ目はディスカウント・キャッシュフロー方式と呼ばれるもので、今後の見込み利益を計算することで医療法人の価額の相場を決めるという計算方法です。