ドイツ家族法の「善行義務」とは?日本の制度との違いを弁護士が解説

※本記事は当事務所の弁護士松野絵里子が、ドイツ法の一次資料(BGB・FamFGの条文)等をもとに独自にかみ砕いて解説したり、意見や感想を加えたものです。ドイツ法は改正が続いているため、公開前に最新の条文・裁判例を必ずご確認ください。

1. 善行義務とは何か

ドイツ家族法における「善行義務(ぜんこうぎむ)」とは、離婚や別居をした父母が、子どもともう一方の親との関係を妨害したり、その実現を妨げたりしてはならないとする法的な義務のことです。ドイツ語では「Wohlverhaltensklausel(善行条項)」と呼ばれ、ドイツ民法典(BGB)第1684条2項に明記されています。この規定は、子どもの利益を守るための重要な原則として位置づけられています。

2. 条文の内容

BGB1684条は、まず第1項で「子は両方の親との交流(Umgang)に対する権利を有し、両方の親はそれぞれ交流する権利を有し、義務を負う」ことを定めたうえで、第2項で、父母双方に対して、子と他方の親との関係を害する行為や、養育を困難にする行為を控えるよう義務づけています。つまり、面会交流は「子どもの権利」として位置づけられ、父母の側には、その権利の実現を妨げないという消極的な義務が課されている、という構造です。

3. 善行義務の具体的な内容

この規定により、父母には主に次のような行動が求められると理解されています。

  • 交流の妨害禁止:同居している親は、非同居親と子どもの面会交流を正当な理由なく拒否したり、妨げたりしてはなりません。
  • 悪口・引き離し行為の禁止:子どもの前でもう一方の親を否定的に語ったり、敵対心を植え付けたりして関係を悪化させる行為(いわゆる「片親疎外」)は、義務違反に当たり得ます。
  • 良好な関係づくりへの協力:父母は、子どもが双方の親との関係を保てるよう、それぞれ配慮する義務を負います。

4. 義務に違反した場合、何が起きるのか

ここが日本の制度と大きく異なる点です。善行義務そのものはBGB(実体法)に定められていますが、この義務に基づく面会交流の取り決めが実際に守られない場合の強制的な手段は、家事事件手続法に相当する法律(FamFG)89条に定められています。

  • 秩序金(Ordnungsgeld):面会交流の取り決めに違反した親に対し、家庭裁判所は秩序金を命じることができます。1回の違反につき、上限は25,000ユーロ(1ユーロ170円換算で425万円程度)です。実際に科される金額は事案により様々で、数百ユーロ程度の比較的少額な例も報告されています。
  • 秩序拘禁(Ordnungshaft):秩序金の取り立てができない場合や、金銭的な制裁では実効性が見込めない場合には、身柄を拘束する秩序拘禁が命じられることがあります。
  • 交流保護人(Umgangspfleger)の選任:BGB1684条3項に基づき、裁判所が第三者(交流保護人)を選任し、面会交流の実現に向けて仲介・調整をさせたり、必要に応じて子どもの引き渡しに関与させたりすることができます。

なお、これらの制裁が科されるには、面会交流の取り決めが「いつ・どこで・どのように」という点まで具体的に特定されている必要があるとされており、あいまいな取り決めのままでは制裁の対象にならない、という判断を示した連邦通常裁判所(BGH)の裁判例もあります(2024年2月21日、事件番号XII ZB 401/23)。

5. 背景にある「共同配慮」の考え方

ドイツでは、離婚後も原則として父母双方が共同で子の配慮権(親権に相当)を持つ「共同配慮(gemeinsame elterliche Sorge)」の考え方が定着しています(詳しくは共同親権シリーズ第2回をご覧ください)。子どもにとって両方の親との関係が継続することが利益にかなうという考え方が法律の前提に組み込まれているため、片方の親が自分の感情で子どもとの関係を独占しようとすることには、強い法的な歯止めがかけられている、という理解ができます。

6. 意思決定が膠着したときの解決法:BGB1628条との比較

善行義務とは別の話になりますが、共同親権(共同配慮)の制度には、もう一つ実務上重要な論点があります。父母双方が親権者・配慮権者である場合に、個別の事項について意見が一致しないとき、誰がどう決めるのかという問題です。この点についても、ドイツ法は参考になる先例を持っています。

ドイツ民法(BGB)第1628条は、父母が配慮権に関する個別の事項、または一定の種類の事項について合意できない場合であって、その事項が子にとって重要性の大きいものであるときは、一方の親の申立てにより、家庭裁判所がどちらか一方の親に「決定権」を委譲することができると定めています。ここでの裁判所の役割は、進学先や医療方針そのものを裁判所が代わりに決めることではなく、「父母のどちらに決定権を持たせるか」だけを判断する点にあります。ドイツの連邦通常裁判所(BGH)も、この条文に基づく裁判所の介入は決定権の所在を定めることに限られ、裁判所自身が実体判断をしてはならない、という立場を明確にしています。委譲には期限や範囲などの条件を付けることもでき、判断基準は子の福祉(Kindeswohl)です。実際に、進学先の学校選びで父母の意見が対立した事案で、裁判所が一方の親に決定権を与えた例も報告されています。

この仕組みは、日本の改正民法824条の2第3項(特定の事項に係る親権行使者の指定)と、発想の面でよく似ています。824条の2第3項も、共同で行使すべき「特定の事項」について父母の意見が対立した場合に、家庭裁判所が父母の一方をその事項に限った「親権行使者」に指定できる制度です(詳しくは共同親権シリーズ第4回をご覧ください)。ここでも、裁判所が事項の中身そのものを決めるのではなく、決定権の所在を交通整理するという構造は共通しています。

松野弁護士のコメント:共同親権・共同配慮という制度を維持したまま、個別の意思決定だけが膠着してしまう場面は、実務上どうしても起こり得ます。ドイツでは1628条に基づく裁判所への申立てが、そうした膠着状態を解消するための現実的な選択肢として運用されてきました。日本の824条の2第3項も同じ発想の受け皿ですが、「特定の事項」としてどこまでが認められるか、どの程度の期間で審判が出るのかといった運用の詳細は、施行後の実例が積み重なるまで見えてこない部分だと感じられます。ドイツでの運用実績は、今後の日本の運用を考えるうえでの一つの参考軸になると考えられます。

7. 日本の制度との比較

日本の改正民法にも、父母相互の人格尊重・協力義務(民法817条の12第2項)という、理念としては近い規定が新設されています(詳しくは共同親権シリーズ第1回をご覧ください)。しかし、ドイツのような秩序金・秩序拘禁といった強制執行の仕組みは、今回の改正でも導入されていません。

日本で面会交流の取り決めが守られない場合、現状の主な対応は次のようなものにとどまります。

  • 履行勧告(家庭裁判所からの間接的な働きかけ。強制力はない)
  • 間接強制(一定額の金銭の支払いを命じる制度。ただし取り決めが具体的でないと認められにくい)
  • 損害賠償請求(不法行為に基づく慰謝料請求)

つまり日本では、面会交流を実現させるための直接的な強制力という点で、ドイツほど強力な制度は用意されておらず、実効性の確保は不法行為責任(慰謝料請求)を通じた間接的な手段に頼らざるを得ない場面が多いのが実情です。この違いは、今後の日本の共同親権制度の運用を考えるうえでも、参考になる比較法上の視点だと思えます。

8. まとめ

面会交流が一方的に拒否されて困っている方、逆に相手から「妨害している」と主張されて対応にお悩みの方は、お早めに無料相談でご相談ください。


参考文献

📝 監修者(最終更新日:2026年8月)

松野絵里子 弁護士|東京ジェイ法律事務所
国内最大手の渉外法律事務所にて20年以上経験を積み、離婚・財産分与・国際離婚・富裕層の資産分割など複雑案件を多数手がける。現在はオンライン対応・全国対応で離婚専門の法律相談を提供。費用の透明性にもこだわり、複雑な財産分与事案の和解的解決も得意な弁護士。共同親権の推進でも経験が多く、知名度がある。

記事監修者: 弁護士 松野 絵里子

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