イギリス法の「レジデンスオーダー」とは?日本の「監護の分掌」との比較

※本記事は当事務所の弁護士松野絵里子が、イギリス(イングランド・ウェールズ)の法令や関連文献をもとに独自にかみ砕いて解説したり、意見や感想を加えたものです。イギリス法は地域(イングランド・ウェールズ、スコットランド、北アイルランド)によって制度が異なり、改正も続いているため、公開前に最新の情報をご確認ください。

1. レジデンスオーダーとは何だったか

レジデンスオーダー(Residence Order、居所指定命令)とは、1989年子ども法(Children Act 1989)のもとでイングランド・ウェールズの裁判所が発令していた、「子どもがどの人と一緒に暮らすか」を定める命令です。これと対になる制度として、非同居親との面会交流を定める「コンタクトオーダー(Contact Order)」がありました。

重要なのは、この制度は「親権(parental responsibility)」そのものを定めるものではなかったという点です。イギリスでは、婚姻中の父母は原則として双方が「親責任(parental responsibility)」を持ち、これは離婚によっても当然には失われません。レジデンスオーダーは、その親責任を持つ父母のうち、子どもが実際にどちらの家で生活するかという「居住の実務」を取り決めるための制度でした。つまりイギリスでは、日本の従来の制度とは異なり、「親権を誰が持つか」と「子がどこで暮らすか」が、そもそも別々の問題として扱われてきたという背景があります。

2. 2014年の制度改正:チャイルド・アレンジメント・オーダーへ

2014年4月、子ども家族法(Children and Families Act 2014)の施行により、レジデンスオーダーとコンタクトオーダーは、「チャイルド・アレンジメント・オーダー(Child Arrangements Order、子の取決め命令)」という単一の制度に統合されました。この命令は、次の2つの要素を組み合わせて定めます。

  • “lives with”(誰と暮らすか):従来のレジデンスオーダーに相当する部分
  • “spends time with”(誰と時間を過ごすか):従来のコンタクトオーダーに相当する部分

この改正の狙いは、「居住(residence)」「面会交流(contact)」という、あたかも「勝ち・負け」を連想させる言葉づかいをやめ、より実務的で対立を煽らない表現に変えることで、父母間の紛争性を減らすことにあったとされています。「あなたは面会交流の側(contact parent)に過ぎない」といった、片方の親を格下に扱うようなラベリングを避けようとした、という説明がされています。

3. シェアード・レジデンス(共同居住命令)という選択肢

イギリスでは、子どもが父母双方の家を行き来しながら暮らす「シェアード・レジデンス・オーダー(Shared Residence Order)」も認められてきました。裁判例(2002年のRe A事件、イングランド・ウェールズ控訴院)では、シェアード・レジデンスは特別な事情がある場合に限られるものではなく、父母双方の家が近く、子どもが比較的スムーズに行き来できるような場合には、通常の選択肢として検討されるべきだとされています。重要なのは、シェアード・レジデンスは必ずしも時間を50対50で分けることを意味しないという点です。両方の家で「暮らしている」と扱われる状態であれば足り、実際の宿泊日数の配分は柔軟に決められます。

もっとも、シェアード・レジデンスの運用には批判もあります。ある論者は、共同居住的な取り決めを推進すること自体が、必ずしも父母間の協力を改善するとは限らず、場合によっては子どもにとってかえって有害になり得るとする研究を紹介しており、裁判所が「父母に協力を強制する手段」としてこの命令を用いることの限界を指摘しています。

4. 具体例:実際の命令はどんな内容になるのか

抽象的な制度説明だけでは分かりにくいので、実際の申立て・命令の内容に近い例を紹介します(イングランド・ウェールズの実務に基づく典型例で、特定の実在事件そのものではありません)。

申立ての手続き

父母が話し合いで合意できない場合、家庭裁判所に「C100」という申立書を提出します。命令の内容によって、以下のように呼び分けられます。

  • “Lives With” Order(居住命令):子がどちらの家を「生活の本拠」とするかを定める
  • “Spend Time With” Order(面会交流命令):子がもう一方の親とどのように時間を過ごすかを定める
  • Specific Issue Order(特定事項命令):通学する学校、信仰する宗教、海外への同行の可否など、特定の論点について定める

“Lives With” + “Spend Time With” の典型例

たとえば、子(8歳)が平日は母親の家で生活し、父親とも定期的に交流するケースでは、命令は概ね次のような内容になります。

子は母親の家に生活の本拠を置く(”lives with” the mother)。

子は以下のとおり父親と時間を過ごす(”spends time with” the father):

  • 隔週金曜日の学校終了時から翌週月曜日の登校時まで(隔週末の宿泊)
  • 上記に該当しない週の水曜日、放課後から19時まで(平日の面会)
  • 学校の長期休暇(夏休み・冬休み・春休み)は、期間を父母でおおむね折半する
  • 誕生日・クリスマス等の特別な日については、別途取り決めた年ごとの持ち回り表による

このように、「誰と暮らすか」を大枠で定めたうえで、実際の生活時間は父親側にもかなりの割合で配分される、という組み方がよく見られます。

シェアード・レジデンス(共同居住)の例

父母の自宅が近く、双方が積極的に養育に関わっている場合には、「子は父母双方の家に生活の本拠を置く」という形の共同居住命令が出されることもあります。たとえば1週間を「月・火・水」は父親宅、「木・金・土・日」は母親宅、翌週はこれを反転させる、といった均等に近いスケジュールもあれば、平日は一方の家、週末は他方の家というように、時間配分が不均等な共同居住の形もあります(前述のとおり、共同居住命令は時間の均等な分割を要件としません)。

特定事項命令の例

父母双方が親責任を持っていても、特定の論点で意見が対立する場合、個別に命令が出されることがあります。

子は、〇〇校に通学するものとする(学校選択に関するSpecific Issue Order)。

母親は、子を連れて〇〇国へ2週間の海外旅行に行くことを許可される(渡航に関するSpecific Issue Order)。

なお、”Lives With” Order を得た親(親でない親族が対象の場合を含む)には、その命令が続く間、親責任が付与されます。ただし、氏の変更や、子を1か月を超えて国外に連れ出すことについては、親責任を持つ全員の同意(または裁判所の許可)が必要とされる、という制限も付随します。

6. 養育費(Child Maintenance)はこの命令に含まれるのか

ここは日本の実務と大きく異なる点なので、独立した項目として説明します。Child Arrangements Orderは、養育費については決めません。「誰と暮らすか・誰と時間を過ごすか」を決める家庭裁判所の手続きと、「いくら養育費を払うか」を決める手続きは、イギリスでは制度上完全に分離されています。

CMS(Child Maintenance Service)による算定

養育費は原則として、Child Maintenance Service(CMS)という行政機関が、統一的な算定式で機械的に金額を決定します。

基本の料率区分(支払う側の総収入、週単位)

  • 週7ポンド以下:ゼロ査定
  • 週7.01$301C100ポンド:定額(週7ポンド)
  • 週100.01$301C199.99ポンド:定額+緩やかな逓増
  • 週200$301C800ポンド(基本料率):子1人=12%、子2人=16%、子3人以上=19%
  • 週800$301C3,000ポンド:800ポンドまでは基本料率、超過分には低めの料率を追加適用
  • 週3,000ポンド超:CMSの対象外(裁判所の「top-up」命令の対象になり得る)

このほか、支払う側が別に養育している子がいれば収入から一定割合が控除され(1人=11%減、2人=14%減、3人以上=16%減)、支払う側の家で子が年間何泊するかに応じた減額(52泊で7分の1減、175泊以上で半額+週7ポンド減)も適用されます。

計算例:週収600ポンド、子2人、宿泊なしの場合は600ポンド×16%=週96ポンド。年60泊(52泊の区分)であれば、7分の1が減額され、実際の支払いは週82ポンドほどになります。

裁判所が養育費を扱うのは、支払う側の収入が非常に高い場合の上乗せ、親や子が国外に住んでいる場合、継親に求める場合、私立学校の学費、障害のある子や19歳以上で就学中の子など、限られた例外的な場面のみです。

CMSの決定に不服がある場合

CMSの決定に納得できない場合、次の2段階の手続きがあります。

  1. 義務的再検討(Mandatory Reconsideration):CMS自身に対する再検討の申立て。決定通知から1か月以内。当初とは別の担当者が審査します。
  2. 独立審判所(First-tier Tribunal)への審査請求:再検討の結果にも不服がある場合、CMSから独立した審判所に審査を求めます。義務的再検討の通知から1か月以内が期限です。

争点になりやすいのは、自営業者・会社経営者の実際の収入、共同養育の宿泊日数、扶養している他の子の有無などです。なお、支払いの遅延など「対応の質」に関する不満は、この審査請求ではなく別途の「苦情(complaint)」として扱われます。

日本との違い

日本では、離婚調停・離婚訴訟の中で親権・養育費・財産分与などをまとめて話し合うのが通常で、「養育費算定表」はあくまで話し合いの目安にすぎず、行政機関が金額を確定させる制度ではありません。イギリスのように、居住・面会交流を決める裁判所の手続きと、金額を機械的に算定する行政手続きが明確に分離されている点は、対照的な制度設計だと言えます。

7. 日本の制度との比較:「監護の分掌」との類似性

共同親権シリーズ第3回で紹介した通り、日本の改正民法766条1項は、離婚時に父母の協議で定める事項として「監護の分掌」を明記しました。これは、子の監護を父母が期間や事項ごとに分担すること(監護を担当する期間の分担、教育に関する事項を一方に委ねることなど)を指します。

この「監護の分掌」は、構造的にはイギリスのチャイルド・アレンジメント・オーダーが定める “lives with” / “spends time with” の区分と、かなり近い発想だと言えます。どちらの制度も、「法律上の親権(親責任)を誰が持つか」という問題と、「日々の生活を実際にどう回すか」という問題を、切り分けて考えている点で共通しています。

一方で、制度としての成熟度には差があります。イギリスでは、この分野の議論が1989年から積み重ねられ、2014年の大きな用語改正を経て、シェアード・レジデンスの当否についての裁判例も豊富に蓄積されています。日本の「監護の分掌」は、共同親権制度自体がようやく2026年に始まったばかりであり、今後どのような取り決めのパターンが実務で定着していくのかは、これからの蓄積を待つ必要があります。イギリスの経験、特に「言葉づかいひとつで父母の対立が煽られたり和らいだりする」という教訓は、日本の実務が今後、離婚協議書や調停条項の文言を検討するうえでも参考になるのではないかと考えられます。

8. まとめ

「子どもがどちらの家で暮らすか」「面会交流をどう分けるか」といった取り決めは、親権の有無だけでは決まらない、別途の話し合いが必要な事柄です。ご自身の状況に合った取り決め方について、お気軽に無料相談でご相談ください。


参考文献

📝 監修者(最終更新日:2026年7月)

松野絵里子 弁護士|東京ジェイ法律事務所
国内最大手の渉外法律事務所にて20年以上経験を積み、離婚・財産分与・国際離婚・富裕層の資産分割など複雑案件を多数手がける。現在はオンライン対応・全国対応で離婚専門の法律相談を提供。費用の透明性にもこだわり、複雑な財産分与事案の和解的解決も得意な弁護士。共同親権の推進でも経験が多く、知名度がある。

記事監修者: 弁護士 松野 絵里子

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