M&Aにおいては、プロセスの最初に会社の価値を評価算定します。その際には、複数の評価基準やアプローチ法があり、結果が大きく異なります。会計士や弁護士などの専門家からアドバイスを受けながら、適切な評価方法を選択したいものです。
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1. M&Aにおける企業価値
M&Aにおいては、買収する企業が売却される企業に対して、どのぐらいの価値があるかを評価算定します。これは一言でいうなら「会社の価格」のことで、Enterprise Value(EV)と呼ばれています。この価格算定は、会計士などの専門家と共に、プロセスの最初の段階でまずは算出されるのが一般的です。そして、その算定価格を元に売却側と買収型とで交渉が行われ、最終的な買収価格が決まります。
企業価値は、M&Aにおいては様々な状況で必要となる評価額です。例えば、金融機関から融資を受ける際には、金融機関が独自の計算方法で会社の評価を算出し、いくらまで投資するかを判断するでしょう。投資家がベンチャーキャピタルとして出資する際にも、会社の価値に見合った金額を計算したうえで、投資するかどうかを決めます。
M&Aの株式譲渡や事業継承の際にも、売却企業の価値がどのぐらいなのかを知ることは、必要不可欠です。またM&A後の経営戦略を立てる上でも、価値を全く知ることなく戦略を立てることはできません。
1-1. 企業価値と株式価値はどう違う?
企業の価値を知るには、株式市場における株価の価額を評価すれば分かりやすいと考える人は多いでしょう。どちらも企業の評価額を知る上では重要な役割を果たしていますが、企業価値と株式価値には違いがあります。
まず企業価値とは、企業の実績やポテンシャルなどを含めた魅力です。その企業が今後どのぐらいのキャッシュフローを生み出すのかを予測したうえで、具体的にいくらの貨幣価値があるという点を算出します。
一方の株式価値は、企業価値から利子がつく負債分を差し引いた部分を表します。利子がつく負債というのは主に、金融機関からの融資が該当します。
2. 企業価値を決める判断基準
企業の価値は、たくさんの要素によって判断されます。判断基準の中でも多く用いられていて信頼できる基準には、どのようなものがあるのでしょうか。
2-1. 売却企業の希望価格
M&Aの価格算定では、売却企業がどのぐらいでの売却を希望しているかを無視することはできません。これまでの実績や企業が持っている資産、その分野や業界における今後の市場動向やポテンシャルなども含め、総合的に算出される希望価格があり、それを元に買収企業が価値を判断するという流れが一般的です。
2-2. 買収企業の投資希望価格
いくら売却企業の価値に正当性があっても、買収する企業側に取って高すぎるのでは、M&Aは成立しません。買収企業がどのぐらいの金額まで投資しようと考えているかという点も、判断基準の一つとなります。
3. どんな時に企業価値評価が必要か?
M&Aにおいては、売却企業側が希望する譲渡額と、買収企業側が希望する譲渡額は、プロセスの初期に一致することはありません。お互いにどのぐらいの価額でのM&Aが最適かという点を、デューデリジェンスなどを含めて交渉しながら、最終的な価額に向けてすり合わせを行います。
この話し合いは、売却側と買収側が直接行われることは少ないものです。弁護士及びM&Aに精通した専門アドバイザーなどがそれぞれの企業と話し合いながら、譲れる点や交渉ポイントを洗い出し、仲介業者が間に入って価額のすり合わせ作業を行うのが一般的です。
3-1. 仲介業者とのアドバイザリー契約をしたら最初に行うのは価値評価
M&Aにおいては、仲介業者を間に介して行うのが一般的です。特に会社の売却を検討している会社にとっては、仲介業者を間に入れることによってM&A後にも会社が持っている強みや資産をプラスに生かせる相手企業を見つけやすくなります。
売却企業が仲介業者とアドバイザリー契約をすると、まず最初に行われるのは、会社の価値を判断する評価算出です。これは、買収企業を探す前の段階に行われます。仲介業者は、独自の判断基準に基づいて会社の価額を評価したうえで、その買収額に見合った相手企業をマッチングする作業に取り掛かります。
3-2. 会社の相続では財産評価基本通達が必要
会社の相続などによって経営者が変更となる際には、法人税の計算など国税庁が使用する目的で企業価値評価の算定を行う必要があります。国税庁が税務目的で行う評価で、計算方法は財産評価基本通達という基準にのっとって行われます。ぼんやりとした実績や将来のポテンシャルを数値化する評価算出方法とは異なり、すでに計算のテンプレートが存在しているため、弁護士や税理士などが会社の経営者と共に、この財産評価基本通達の作業に取り組むことになります。
すでに決められた算出方法があるということは、会社を相続する側にとっては大きなメリットと安心感となるでしょう。
3-3. M&Aでは将来のポテンシャルを予測した「のれん評価額」を採用
M&Aにおける会社の評価算定では、国税庁が提示するようなテンプレートだけでは正しい価額を評価算出することはできません。その理由は、売却される会社が将来生み出す利益を計算に含めていないからです。M&Aにおいては、この将来の期待値やポテンシャルなども評価算出対象とする「のれん評価額」を適用するのが一般的です。のれん評価額では具体的な数値として計算できるわけではなく、ぼんやりとした未来予測的な要素も含まれているため、誰が価額算出するかによって、結果には一定のズレは、生じます。
4. 上場企業と非上場企業とで評価算出方法は変わる?
売却を検討している会社が上場企業なのか、それとも非上場企業なのかによって、企業価値評価算出の方法は若干、異なります。
4-1. 上場企業の場合
上場企業の価値を評価算出する際には、事業内容が持つ資産価値に加えて、企業のブランド名や知名度も含めた企業価値、そして株式の価額という3つの軸から、会社の評価算出を行います。基本的にはこれらは株価に反映されていることが多く、企業価値評価についても解放されている株式市場の中で変動している株価価額が、その企業の価額となるケースが少なくありません。
最もシンプルな算出方法は、会社が発行した株式の総数と、株式市場で取引されている株価をシンプルに掛け合わせるという方法です。特にM&Aの場合には、純資産がどのぐらいあるのかを評価することがとても重要で、1株当たりの純資産を評価算出することによって会社全体を評価します。
ちなみにこの1株当たりの純資産は、株価の底値という考え方もできます。これは、会社の株価は純資産よりも低く評価されることはないだろうという考えに基づいた評価算出方法です。
ただし、1株当たりの純資産だけを使ってM&Aの評価額を決めることはありませんし、上記のような発行済み株数と株価をシンプルに掛け合わせた金額をそのまま評価額とすることはありません。その理由は、株価の変動には会社の実績や評価には直接関係ない要因が影響することが少なからずあるからです。例えば、政治的な要因や世界情勢によって株価が下がることもあるでしょう。そうした影響を差し引いて考慮しなければ、正当性の面では適切ではなくなってしまいます。
そのため、こうした算出方法を基本にしながらも、最終的には弁護士やM&Aの専門家が評価額の算出に携わることになります。
4-2. 非上場企業の場合
会社が上場していない非上場企業の場合には、株価と発行株式数を掛け合わせてざっくりと会社の評価価値を算出することはできません。中小企業も含めて非上場企業の場合には、会社の資産を軸として評価額の算出をする資産方式と、企業が出す収益を軸として評価額を決める収益方式、両者の良い部分を抽出した併用方式の3種類の方法から選ぶことになります。
1つ目の資産方式は、評価算出をする時点における企業の純資産を算出する方法です。会社が持っている資産から、マイナスの資産を差し引いた純資産をそのまま会社の価値として評価するのが、この方法の特徴です。資産も負債も具体的に数値化できるため、会社の価値を評価する方法としては、より公正かつシンプルな方法と言えるでしょう。また難しい計算方法や、政治や社会情勢など数値化が難しいい要因を考慮する必要がなく、誰が計算しても同じ結果となるのが、この資産方式のメリットと言えます。
ただしこの方式では、これまでの実績のみを評価し、将来の予測は全く考慮しません。そのためM&Aにおいては、契約締結の後に粉飾決済や簿外負債などマイナス要因が見つかるリスクが考えられます。売却する側としては、マイナスの負債を計上するのはM&Aの後にすればよいと後回しにしようと考えやすくなってしまうという点が、この方式のデメリットと言えるでしょう。
2つ目の方法は、収益方式です。これは資産方式のデメリットを改善したもので、企業の将来にわたる収益を予測するという要因も算出したうえで、評価に加味します。過去の収益状況に基づいて将来の収益を予想するわけですが、予想の方法は多種多様で誰が算出するかによって結果に大きな違いが出やすいという点が、収益方式のデメリットと言えます。
3つ目の方法は、資産方式と収益方式の良い部分を抽出した併用方式です。これは資産方式と収益方式から良い部分をピックアップしたハイブリッド的な算出方法で、お互いのデメリットをカバーできるというメリットがあります。
併用方式は、現在企業が保有している資産を元にして、将来のポテンシャル利益を予想した要素をどちらも検討材料とするのが特徴です。この方法なら、どのアナリストが評価算出しても結果が大きくぶれるリスクがなく、比較的公正さと客観性を保ちながら幅広い判断材料によって評価を計算できるというメリットがあります。
ただし、判断するべき材料が多くなることによるデメリットもあります。それは、どの材料をより重視するかによって、評価結果が変わってしまうという点です。資産と収益、どちらにより重きを置くかによっては、より収益方式に近い偏った結果となってしまうリスクはあります。
5. M&A で多く使われる算出方法
M&Aにおいては、企業の価値を評価するアプローチ方法として、主に3種類の算出方法があります。
5-1. インカム・アプローチ
インカム・アプローチは、将来の見込み収益を予測したうえで、現在の企業価値に換算するという算出方法です。M&Aでは最も定番のアプローチ方法として活用されており、現在のキャッシュフローを元に将来を予測したうえで、考えられるリスクを洗い出して割り引くという評価方法を行います。
インカム・アプローチには、将来のキャッシュフローを使うDCF(Discounted Cash Flow)法と、事業計画案に基づく収益還元法の2種類があります。DCF法の方が適正で合理的な評価算出ができるというメリットはありますが、手間と労力が膨大にかかってしまうというデメリットがあります。収益還元法は、事業計画書に記載されている将来の収益予想を用いるので算出が簡単というメリットがある反面、客観性に欠けるというデメリットがあります。
5-2. マーケット・アプローチ
マーケット・アプローチは、株式市場で取引されている株価評価を元にして、類似する企業をいくつかピックアップして比較することで、会社の価値を算出しようという評価方法です。比較対象となるのは同じ業界で同じぐらいの株価や規模の会社となるのが一般的です。
マーケット・アプローチの評価方法では、市場の株価平均を使うのか、それとも類似する会社の財務状態を使うという2つの算出方法があります。また、過去のM&A事例において類似する企業が売却された際の買収額を基準にする算出方法もあります。
5-3. アセット・アプローチ
アセット・アプローチでは、企業が保有している純資産を元にして企業価値を算出するというものです。財産や資産を洗い出し、そこからマイナスとなる負債を差し引いたものが、その企業の純資産となり、計算しやすく客観性のある評価算出ができる点が、このアプローチ法の特徴です。
他のアプローチ法のように書類や計画表を作成する必要がなく、将来の予想収益なども判断材料としないため、比較的スムーズかつ迅速に評価算出できるでしょう。