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1. 横浜地方裁判所決定(平成30年(モ)第4031号)の概要
これは、平成30年7月20日にだされた決定です。子と施設(老人ホーム)に入居する両親との面会の妨害を禁止する仮処分決定に対して、仮処分を裁判所がだしてことについて、債務者側が不服を申し立てていた事件ですが、裁判所はその決定を認可したのです。
2. 決定内容(主文)
「上記当事者間の横浜地方裁判所平成三〇年(ヨ)第二四四号面会妨害禁止仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成三〇年六月二七日にした仮処分決定を認可する。」というものです。
もともとの命令は、「親が施設に入っている妹が兄を相手にした事案で、自分と兄の父であるAと母のB(「両親」といいます。)が入居している老人ホームと及び兄が両親との面会を妨害していると主張して「人格権」を被保全権利として、兄と老人ホームを経営する会社が「自分と両親と面会することを妨害してはならない」との仮処分命令を求めていたのですが、それを裁判所が正しい仮処分として取り消しを認めなかったのです。
3. 争点
妹の主張
妹は、被保全権利については、兄が両親を連れ去り、入居している老人ホームに対し、その所在を明らかにしないように指示をするなどして、自分が両親と面会する権利を著しく侵害していると主張していました。そして、憲法の認める人格権等により導かれる「親族である両親との面談を不当に妨害されないという地位」があると主張してその地位に基づいて「妨害排除請求権及び妨害予防請求権」があると法的な主張をしました。これは、憲法13条の幸福追求権を基礎にする主張であったと考えられます。
また、本案判決の確定を待っていては、兄が妨害して損害が拡大して、回復困難となる危険性が高いことから「保全の必要性」が認められると主張したのです。
兄の主張
兄は両親から懇願されたため両親を横浜に連れてきたのであり、連れ去りの事実はなく、また、両親が妹との面会を拒絶していることから、その意向に沿って施設にそれを伝えただけだという主張をしていました。自分は面会妨害をしていない、よって妹の権利侵害はないと主張して、さらに、両親は平穏な生活を送っており妹が施設に来ることに怯えている状態であると主張したのです。
4. 裁判所の事実に関する判断
(1) 高齢の実父Aは昭和六年生まれであり、Bは昭和五年生まれである。
(2) Aは平成25年から通院している医院でアルツハイマー型認知症と診断されている。また、Aは、介護認定審査会において、要介護1に該当すると判定され、平成29年に通知を受けた。Bは、平成27年にアルツハイマー型認知症との診断を受けた。また、Bは、平成29年、その審査会で要介護状態の区分を要介護2に変更する旨判定された。
(3) 両親は、妹の住居の近隣である福岡県に住んでいたが、平成29年6月に兄が両親を連れてその自宅から横浜市に移動し、両親は自宅を退去した。その際、兄から妹に両親が退去する旨の連絡はなかった。
(4) 平成29年9月29日頃、妹は兄と両親を相手方として横浜家庭裁判所に、親族間の紛争調整の調停申立てをし、調停の11月の第一回調停期日に兄も両親も、出頭しなかったので家庭裁判所調査官が出頭勧告書を送付し、兄に対し調査を実施するので同月20日に裁判所へ出頭することを求めたが兄は調査官に対し、調停には一切出席しないこと、両親の希望で両親の介護の責任を持っていること、兄は両親に代理して両親の回答をしていること、調停には応じる考えはないことなどを電話で伝えてきた。調停は、12月に第二回期日が開かれたが、兄と両親は出頭せず、不成立となった。
(5) 妹は、11月頃、地域包括支援センターに問い合わせをしたところ、両親は施設に入所中であるが兄が施設名を教えないように言っているという回答を受けた。
(6) 妹は、同年12月ころに横浜家庭裁判所に対し、両親の成年後見開始の審判を申し立てた。家庭裁判所調査官による親族調査の際に、兄がAの所在については明らかにしたくないとの意向を示し、調査官が、両親が入居していると想定される施設へ問い合わせをしても、入居しているか否かについて回答を得られなかった。この審判申立事件について、現在に至るまで精神鑑定を実施して判断能力の程度を判定することができていない。
(7) 両親は、平成29年6月20日以降、妹の住居で生活をしていたが、兄包括支援センターに相談をするなどして、老人ホームに入居したが、その後、横浜市に所在する老人ホームに転居して、現在まで同施設に入居している。
(8) この保全異議申立事件の審尋期日で妹は、妹が両親と面会することにつき兄が応じないのであれば、家庭裁判所調査官と両親が面会することで成年後見開始審判申立事件に協力することを求める旨の意向を示したが、兄は家庭裁判所調査官の調査にも応じるつもりはない旨述べた。
以上のような事実を、裁判所は認定しています。
5. 親の囲い込みに関して、被保全権利があるかの判断について、裁判所はどう判断したのか?
被保全権利があるかという問題は、仮処分という命令を出す場合に、どういう権利を緊急に保護するために裁判所が権限を発動するかという問題のことです。つまり、そういう権利がないのであれば、または緊急性がないのであればあえて裁判所が仮処分という迅速で訴訟より簡単な手続きで命令をだすことはできないのです。
<裁判所の判断:被保全権利はあるのか>
命令を求めている債権者(つまり妹)は、両親の子であって、両親はいずれも高齢で要介護状態にあり、アルツハイマー型認知症を患っていることからすると、子が両親の状況を確認し、必要な扶養をするために、面会交流を希望することは当然であって、それが両親の意思に明確に反し両親の平穏な生活を侵害するなど、両親の権利を不当に侵害するものでない限り、債権者(その親の子である妹)は、両親に面会をする権利を有するものといえる。
証拠及び本件に顕れた一切の事情を考慮しても、債権者(妹)が両親と面会することが両親の権利を不当に侵害するような事情は認められないことから、本件被保全権利は一応認められる。
このように被保全権利を「一応認められる」としています。保全手続きでは、このように裁判所は対象の事実などを「一応認めることができる」場合に、命令を出せるのです。
<裁判所の判断:保全が必要か(保全の必要性)>
両親が現在入居している施設に入居するに当たり債務者(兄)が関与していること、債務者(兄)が債権者(妹)に両親に入居している施設名を明らかにしないための措置をとったこと、債権者(妹)が両親との面会に関連して、家庭裁判所に親族間の紛争調整調停を申し立てる方法をとってもなお、債務者(兄)は家庭裁判所調査官に対しても両親の所在を明らかにせず、調停への出頭を拒否したこと、本件審尋期日においても、債務者(兄)は、債権者(妹)と両親が面会することについて協力しない旨の意思を示したことが認められる。
これらの事情を総合すると、債務者(兄)の意向が両親の入居している施設等の行為に影響し、債権者が現在両親に面会できない状態にあるものといえる。また、債務者(兄)の従前からの態度を考慮すると、上記の状況が改善する可能性は乏しいものといえ、今後も、債務者(兄)の妨害行為により債権者の面会交流する権利が侵害されるおそれがあるものといえる。
なお、債務者は、両親の意向を尊重しているだけで、債務者が債権者と両親との面会を妨害している事実はないなどと主張するが、前記のとおり、債務者の行為が、債権者が両親と面会できない状況の作出に影響していることは否定できない。
以上によると、債権者が両親に面会することにつき、債務者の妨害を予防することが必要であることから、本件保全の必要性も認められる。
このようにして、仮処分命令に対して、不服申立てがされたこの事件について、裁判所は仮処分の取り消しをしませんでした。
6. 子が親に面会する権利
この事件では、「子が両親の状況を確認し、必要な扶養をするために、面会交流を希望することは当然であって、それが両親の意思に明確に反し両親の平穏な生活を侵害するなど、両親の権利を不当に侵害するものでない限り、子は、両親に面会をする権利を有する」という判断をしたことが画期的であると思われます。
判決では「憲法13条」への言及はありませんが、この権利は憲法13条の幸福追求権を基礎にしていると思われます。
憲法13条とは
日本国憲法第十三条
すべて国民は、個人として尊重される。 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
この13条は国民の人格権を認めたものと考えられています。人格権は人間の根源的な権利であるとされております。その性質として以下があると考えられます。
人格権の特徴
① 妨害排除や妨害予防ができる権利である。この権利は所有権というような物権と同様に、排他性を有する絶対権とされるので、誰に対しても主張ができる権利であって、それが侵害されると妨害予防または排除(差止)の請求が可能なのです。
② 新会社に対して不法行為の責任を求められる
この権利を侵害した場合、不法行為が認められる。
③ 一身専属性
人格権はその人に専属する権利なので、譲渡はできないし相続がされないものです。(人格権の侵害により具体化した損賠償請求権(金銭債権)は相続されます)。
7. 仮処分が認められるには・・・・
このように判例をみてみるとわかるのは、事実認定の結果、保全の必要性を丁寧に裁判所は判断をするということです。
高齢の親に会う権利が人格権であるとしても、その権利が実際に債務者によって妨害されているのかどうかが、ひとつのポイントになります。施設も、一緒になって一方的に面会を許していないような場合には、施設が債務者になることもあるでしょう。また、家庭裁判所の調停という穏便な方法を試しているのにそこに債務者が出頭すらせず、協力する態度がみられないという点も妨害をしている、今後もそれをし続けるであろうという心証を裁判所に与えたものと解されます。もっとも、これは家庭裁判所の調停でなければならないということはなく、おそらく代理人間の交渉をしても債務者が協力する姿勢を見せない場合には、仮処分が発令される可能性があると思われます。
本件では、妹は、家庭裁判所調査官と両親が面会することで成年後見開始審判申立事件に協力することを求めていますが、妹は審判申立をしていたのに調査ができず後見人がついていなかったようです。このようにたとえ会えていなくても、親の判断能力が低下していることが明確であるのなら、迅速に成年後見開始審判申立はしておくべきであり、その過程での債務者の協力がない場合にはその事実を仮処分命令の必要性の根拠にできますので、この事件のように申し立てをすることが重要であると、と考えられます。
当事務所では高齢者の囲い込みによる、老人虐待の事案について、迅速に成年後見開始審判申立をする、囲い込んでいる方との交渉で面会を実剣するために交渉をするという事件を受任しておりますので、お気軽にご相談ください。