「ハラスメント」という言葉は、近年、社会的に広く認知されるようになっています。職場におけるハラスメントは、従業員の心身に深刻な影響を与えますし、現実に不法行為と言えるようなハラスメントがあれば、企業のコンプライアンス上の問題も発生します。ハラスメントの放置をすると、従業員のモチベーション低下、生産性低下、離職率増加、さらには法的責任や社会的信用失墜などを招きかねません。以下では、企業が取り組むべきハラスメント対策について、その重要性、具体的な対策、関連法規などを詳しく解説していきます。ハラスメント問題に適切に対処し、法令にしたがった、働きやすい職場環境を実現するために、ぜひご活用ください。
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1. なぜハラスメント対策が重要なのか?深刻なハラスメント問題
近年、ハラスメントに関する相談件数が増加傾向にあり、厚生労働省が令和2年10月に実施した「職場におけるパワーハラスメントに関する実態調査」によると、ハラスメント相談件数の推移は、パワハラ、顧客等からの著しい迷惑行為、妊娠・出産・育児休業等ハラスメント、介護休業等ハラスメント、就活等セクハラでは「件数は変わらない」の割合が最も高く、セクハラのみ「減少している」の割合が最も高かったそうです。セクハラ以外、相談件数は、減少していないと言えます。
もっとも、過去3年間のハラスメント「該当件数」の推移は、顧客等からの著しい迷惑行為については「件数が増加している」の方が「件数は減少している」よりも多いものの、それ以外のハラスメントについては、「件数は減少している」のほうが「件数は増加している」より多かったので現実の件数は減少傾向にあるようです。
ハラスメント問題は、一部の企業だけの問題ではなく、多くの企業が直面する課題です。従業員の方でもハラスメントへの関心は高まっており、対応をしている企業としていない企業では、人材の獲得の場面で大きく差が出てしまいます。
企業は、人材を大事にするために、従業員が安心して働ける環境を整備し、ハラスメント対策を積極的に推進していく必要があります。また、かかる対策について周知をさせることも重要でしょう。
2. ハラスメントがある職場の特徴
上記の実態調査では、パワハラ・セクハラがあった職場では、「上司と部下のコミュニケーションが少ない/ない」、「ハラスメント防止規定が制定されていない」、「失敗が許されない/失敗への許容度が低い」、「残業が多い/休暇を取りづらい」等の特徴がみられます。また、従業員の年代に偏りがあるとハラスメントは起きやすい、女性管理職の比率が低いとやはり起きやすいようです。
出典:厚生労働省「職場におけるパワーハラスメントに関する実態調査」
3. ハラスメントに関する企業の法的な責任
ハラスメント行為は、法律で禁止されていますから、企業は法的責任を負う可能性があります。例えば、パワーハラスメントは、労働基準法違反となるケースがあり、企業は従業員に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
また、ハラスメント行為が公表された場合、企業のイメージ悪化や社会的信用失墜につながる可能性も高く、企業にとって大きなリスクとなります。
4. パワハラに関する法規制
パワハラについては、労働契約法5条や民法・刑法等に基づき規制がありましたが、事業主にパワハラ防止措置を義務付ける直接の法規制はありませんでした。
しかし、政府は、職場におけるパワハラ防止に取り組むことを事業主に義務づけるために、労働施策推進法で、パワハラを、①(上司と部下などの)職場における優越的な関係を背景に、②業務上必要かつ相当な範囲を超えて、③労働者の就業環境を害することと定義付けました(改正労働施策推進法30条の2第1項)。そして、パワハラ対策規定が設けられて、以下のような防止義務などが定められました。(令和2年4月から開始されています。)
1)事業主によるパワハラ防止のための相談体制の整備など(労働施策総合推進法30条の2第1項)
2)パワハラに起因する問題に関する国、事業主及び労働者の責務の明確化(労働施策総合推進法30条の3)
3)パワハラに関する労使紛争について、都道府県労働局長による紛争解決援助及び紛争調整委員会による調停の対象とし、履行確保のための規定を整備(労働施策総合推進法30条の4以下)
4)労働者が事業主にパワハラの相談をしたこと等を理由とする事業主による不利益取扱いを禁止(労働施策総合推進法30条の2第2項)
5. セクハラに関する法規制
セクハラに関しては、男女雇用機会均等法において事業主に対してセクハラ防止措置が義務付けられています(男女雇用機会均等法11条)。事業者のセクハラ防止措置について厚生労働大臣による指針(平成18年厚生労働省告示第615号)が定められ、これらの指針については(実施することが望ましいとされているもの以外は)事業主は必ず実施しなければなりません。
さらに、セクハラに起因する問題に関する国、事業主及び労働者の責務が明確化されています(男女雇用機会均等法11条の2)。
労働者が事業主にセクハラの相談をしたこと等を理由とする事業主による不利益取扱いの禁止も定められています(男女雇用機会均等法11条2項)。事業者は、他の事業者から当該事業主の講ずる職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合に、これに応ずるように努める義務もあります(男女雇用機会均等法11条3項)。
6. マタハラ等に関する法規制
マタハラ等に関しては、男女雇用機会均等法において事業者による妊娠・出産を理由とする不利益取扱いの禁止(男女雇用機会均等法9条3項)があり、育児・介護休業法では、育児休業・介護休業等を理由とする不利益取扱いの禁止が定められています(育児・介護休業法10条、16条)。
事業者には、上司・同僚からのマタハラ等の防止措置が義務付けられています(男女雇用機会均等法11条の2、育児・介護休業法25条)。事業者のマタハラ等防止措置の内容に関して、厚生労働大臣による指針も定められました。
7. 各ハラスメントの特徴
ハラスメントには、上記のように、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメントなどがあります。それぞれのハラスメントの特徴を理解する必要があるので、特徴を説明します。
1)パワーハラスメント
パワーハラスメントとは、職務上の地位や人間関係などの優位性を背景に、相手に不利益を与えたり、職場環境を悪化させたりする行為を指します。具体的な例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 業務の指示・命令を繰り返し、無理難題を要求する
- 業務上必要な範囲を超えた私的な雑用を命じる
- 人格を否定する暴言を浴びせる
- 執拗な嫌がらせや無視をする
2)セクシュアルハラスメント
セクシュアルハラスメントとは、性的な言動によって、相手に性的嫌悪感を与えたり、職場環境を悪化させたりする行為を指します。具体的な例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 性的な発言や冗談を言う
- 身体に触れる
- わいせつな画像や動画を見せる
- 性的要求をする
3)マタニティハラスメント
マタニティハラスメントとは、妊娠・出産・育児に関することで、女性従業員に対して不利益な取扱いをする行為を指します。具体的な例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 妊娠を理由に仕事を与えなかったり、減らされたりする
- 妊娠・出産・育児に関する相談や休暇取得を制限される
- 妊娠・出産・育児に関する差別的な言動をされる
4)その他ハラスメント
上記以外にも、年齢、出身地、容姿、性的指向、宗教など、様々な理由によるハラスメント行為が考えられます。
8. 企業が取り組むべきハラスメント対策
ハラスメント問題を未然に防ぎ、安全で働きやすい職場環境を実現するためには、企業は積極的にハラスメント対策に取り組む必要があります。具体的な対策としては、上記の法に従う必要がありますが、具体的に以下のような対策がありえます。
1)ハラスメント防止のための社内体制
企業は、ハラスメント防止に関する社内体制を構築し、従業員に周知徹底する必要があります。具体的な取り組みとしては、以下のものが挙げられます。
2)ハラスメント防止に関する規程の整備
企業は、ハラスメント防止に関する規程を整備し、従業員に周知徹底する必要があります。規程には、ハラスメントの定義、具体的な禁止行為、ハラスメントがあった時の相談窓口、調査・処分などの内容を盛り込む必要があります。
3)相談窓口の設置と周知
従業員が安心して相談できるよう、相談窓口を設置する必要があります。内部通報制度は、ハラスメントの報告のルートを企業の内部に設置して、組織内外からの申告を受けて問題の早期発見・解決するための制度で、2006年に施行された「公益通報者保護法」ではその場合の通報者の保護が明確に定められています。2022年6月の改正では保護される通報者の範囲が拡大され、役員や退職後1年以内の人(派遣社員も含む)も対象となっています。
通報窓口は社内・外部・両方に設置することができ、平成28年の調査によると、内部通報窓口を設置している企業の内、両方に設置が59.9%、社内のみが32.1%、社外のみが7.0%だそうです(平成28年度民間事業者における内部通報制度の実態調査報告書によります。)
内部通報の窓口: 法務部・コンプライアンス部・人事部・監査部門など
外部窓口: 法律事務所(弁護士)や相談を専門とした会社、社外取締役や監査役等といった独立性のある経営陣など
社内では匿名性を保てないなどの理由から相談する人がためらうかもしれませんが、外部の弁護士などの専門家が窓口なら、労働者も気軽に相談しやすくなる傾向があります。相談窓口の設置をした場合、従業員へのそのことの周知徹底も重要であり、相談をした人が不利益を受けないような仕組みがあることの説明も必要です。
4)社内研修の実施
ハラスメントに関する理解を深め、予防意識を高めるために、従業員向けの研修を実施する必要があります。研修では、ハラスメントの種類、予防方法、法的な責任、具体的な事例、相談窓口の案内などについて説明する必要があります。
5)外部機関との連携
社内だけでは対応できない場合は、外部機関と連携することも重要です。弁護士、独立した専門家、人材育成機関など、専門機関との連携により、より効果的なハラスメント対策を推進できます。
9. ハラスメント発生時の対応
ハラスメントが発生した場合、企業は迅速かつ適切に対応する必要があります。具体的な対応としては、以下のものが挙げられます。
1)相談受付と対応
従業員からの相談には、真摯に耳を傾け、迅速に対応する必要があります。相談内容によっては、専門機関に相談する必要もあります。相談を受けた従業員には、プライバシー保護に配慮し、適切なサポートを提供する必要があります。
2)調査の実施
相談内容が事実であるのかについて、調査を実施する必要があります。調査は、公平かつ中立的に行う必要があり、関係者への聞き取り調査をしたり、客観的な証拠の収集などを基礎にしたりしていきます。
3)懲戒処分など適切な措置
調査の結果、ハラスメント行為があったと認められた場合、懲戒処分など適切な措置を講じる必要があります。懲戒処分は、社内規定に従って、厳正に行う必要があります。
10. ハラスメントに関するよくある質問
ハラスメント対策について、疑問点を質問と回答の形でまとめました。
ハラスメント防止研修はどのくらいの頻度で行うべきか?
ハラスメント防止研修は、年に1回程度実施することが推奨されるでしょう。ただし、従業員の職種や業務内容、ハラスメントの現実の発生状況などを考慮し、必要に応じて頻度を調整する必要があります。
相談窓口は、誰が担当するのが適切か?
相談窓口は、人事部、外部通報窓口が適当でしょう。や、相談内容によっては、弁護士や専門機関に相談する必要もあるため、相談窓口の担当者は、専門知識を有していることが望ましいです。
ハラスメント行為に対する懲戒処分はどうするべき?
ハラスメント行為に対する懲戒処分は、社内規定によって、行為の程度や状況に応じて、手続きを厳正に行う必要があります。懲戒処分には、減給、降格、解雇など、様々な種類がありますが、懲戒処分を決定する際、当事者の弁明の機会を与えて、公平かつ公正に判断する必要があります。
11. まとめ:ハラスメント対策と企業の責任
ハラスメント対策は、企業にとって必須の取り組みです。従業員が安心して働ける環境を整備することは、企業にとって重要な課題であり、社会的な責任でもあります。企業は適切なハラスメント対策を講じ、従業員が安心して働ける職場環境を実現していくことは、職場を働きやすくし、企業の成長と発展に大きく貢献します。従業員の安全と安心を第一に考え、積極的なハラスメント対策を推進していくことが、企業の持続的な成長に不可欠だと考えて、積極的な取り組みをしましょう。