はじめに
この記事では国際裁判管轄とは何かを説明して、国際離婚ではなぜ国際裁判管轄が問題になるのか、国際離婚はどの裁判所に提起できるのかについて、専門的弁護士松野絵里子が解説します。
Contents
1. 国際裁判管轄とは?
これは、日本の民事裁判権が、どこまで及ぶかという問題(どういう国際的事件を日本の裁判所が扱えるかという問題)です。
裁判所の中でどの裁判所がどう言う事件を扱うかというのは、日本の裁判権のなかの「分掌」の問題で、それは「どこの裁判所に管轄があるか」という問題です。秋田家裁なのか、東京家裁なのか、いや東京地裁なのか?というような、問題がそれです。
国際裁判管轄は、それとはと違います。「日本の裁判所の管轄権」があるかという問題であり、当事者からすると、自分の司法上の救済はどの国の裁判所がしてくれるのか、という問題です。ドイツの裁判所なのか?日本の裁判所なのか?という問題なのです。
この意味での「国際裁判管轄」に関する明文法は、日本では長い間存在しませんでした。そのため、日本の裁判所がその事件を扱ってくれるのかは、解釈に委ねられていたのです。
2. マレーシア航空事件(条理による解決)
そして、判例法理を確立したのが「マレーシア航空事件に関する上告審判決(最高裁昭和56年10月16日)」といわれているのです。
<マレーシア航空事件の上告審判決>
「国際裁判管轄を直接規定する法規もなく,また,よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状のもとにおいては,当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがって決定するのが相当であり,わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定,たとえば,被告の居所(民訴法2条),法人その他の団体の事務所又は営業所(同4条),義務履行地(同5条),被告の財産所在地(同8条),不法行為地(同15条),その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは,これらに関する訴訟事件につき,被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適うものというべきである」
この判決は、国際裁判管轄をきめる基準を「条理」に求めました。条理というのは、法的な正義とか合理性というような意味でもありますが、衡平・適正・裁判の迅速性という点にフォーカスして個別に決めようということです。
そして、国内の土地管轄が認められるのであれば、つまり、国内のルールの土地管轄を決めるルールをつかって国内のどこかに管轄裁判所があるなら、わが国の裁判権の行使をしてよいという考えをしめしました。土地管轄というのは、どこにある裁判所がその事件を扱うかというルールです。
これは、不思議な考え方でもあります。本来であれば、ある事件について日本の裁判権があるのかを判断してから、その上でどこの土地の裁判所が裁判権を行使すべきなのかという「土地管轄」の問題になるのですが、先に土地管轄の規定を使うということだからです。
この最高裁判決は、土地管轄の規定を手がかりにしようという考えで、そのうえで、条理(合理性)という点から、日本に民事裁判権があるかを決めていくという考えです。
事件と一定の地域との連結があり場合に、その土地に管轄を認めるという土地管轄を決めるルールがあるので、これをつかってその事件と日本の関係性をみていき(連結点があるかを判断していき)、当事者間の公平・裁判の適正・迅速についても考えようというようなものだと思います。
3. 立法による解決
もっとも、土地管轄は日本に裁判権がある場合の地域的な分担のルールなので、日本が裁判権をどこまで持つべきかという限界をきめるルールとは本来異なるはずです。そして、平成8年に、民事訴訟法の改正時には国際裁判管轄関連規定の新設が検討されたもののそこでは実現せず、その後も検討が続けられました。そして。「民事訴訟法及び民事保全法の一部を改正する法律」(平成23年法36号)として法律が新設されたのです。
しかし、国際家事事件についてはそもそも日本の裁判所で事件を扱うことができるかという問題について、その後も法による統一基準がありませんでした。やっと、国際離婚の場合の国際裁判管轄権に関して、平成30年に人事訴訟法・家事事件手続法の一部改正により明文化がされまして、平成31年4月1日から施行されています。
国際離婚事件では、各国の裁判所がその法廷地の法に基づいて判断することから、日本だけではなく他の国でも管轄が認められることもあります。また、準拠法が日本法であっても、国際裁判管轄が日本になければ、日本の家庭裁判所で取り扱うことはできません。国際離婚事件を処理する場合、まず、国際裁判管轄の存否があるかが問題になります。
4. 国際離婚の場合の国際裁判管轄の法制度
日本の裁判所に管轄がある場合、日本での離婚訴訟の提訴が可能になりますので、その次に日本国内のどの裁判所が管轄権を有するかを考えることになります。
以下が、国際離婚について決めている「条文」です。人事訴訟法は離婚訴訟についての手続きを定めた法律です。
<人事訴訟法第3条の2の2>
- 被告の住所地管轄
身分関係の当事者の一方に対する訴えであって、当該当事者の住所(住所がない場合又は住所が知れない場合には、居所)が日本国内にあるとき(第1号)
- 本国管轄身分関係の当事者の双方が日本の国籍を有するとき(その一方又は双方がその死亡の時に日本の国籍を有していたときを含む。)(第5号)
- 最後の共通の住所地管轄日本国内に住所がある身分関係の当事者の一方からの訴えであって、当該身分関係の当事者が最後の共通の住所を日本国内に有していたとき。(第6号)
- 原告住所地に管轄を認めるべき特段の事情日本国内に住所がある身分関係の当事者の一方からの訴えであって、他の一方が行方不明であるとき、他の一方の住所がある国においてされた当該訴えに係る身分関係と同一の身分関係についての訴えに係る確定した判決が日本国で効力を有しないときその他の日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を図り、又は適正かつ迅速な審理の実現を確保することとなる特別の事情があると認められるとき。(第7号)
5. どのような国際離婚では、日本の裁判所に国際裁判籍が認められるのか?
① 被告が日本に住所をもっているとき
まず、被告の住所が日本国内にある場合には、日本に管轄が認められます。「身分関係の当事者」とは、離婚訴訟での夫婦とか、他の事件であれば対象となる親子というような当事者のことです。。
国際的な離婚事件では、海外での裁判所で応訴をさせられると海外の弁護士を探したり翻訳が必要となったりという点で、特に負担が大きいので、提訴されてその対応を余儀なくされる方の負担に十分に配慮しているのです。よって、原告の住所が日本国内にあるというだけでは、日本の裁判所には管轄が認められません。
よって、韓国籍の妻とドイツに住む日本人の離婚であれば、妻が日本に住んでいても日本での離婚訴訟が認められないのです。
② 夫婦が、日本国籍であるとき
夫婦がともに日本人なら、どこに住んでいても日本に国際裁判籍があります。日本国籍を有する夫婦の離婚については日本が関心を有すべきものであって、また、日本国籍を有する以上、日本との関連性があるからです。
③ 最後の共通の住所地が日本である夫婦で原告が日本に住んでいる場合
夫婦が最後に同居した地が日本国内にあって、かつ、原告の住所が日本国内にある場合には管轄が認められます。
「最後の共通の住所」があると当事者双方に関連性が強いのが日本であるし、当事者双方にとって日本が管轄地になるのは衡平であるということからです。また、日本に証拠が存在する蓋然性が高いということも理由とされています。
④ 原告住所地に管轄を認めるべき特段の事情があるとき
原告の住所が日本国内にあって、かつ、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を図り、又は適正かつ迅速な審理の実現を確保することとなる「特別の事情」がある場合に管轄が認められます。
これは、当事者間の衡平を図り、又は適正かつ迅速な審理の実現を確保することとなる特別の事情があると認められるという条文です。
たとえば、被告が「行方不明」であるときを挙げていますので、被告が行方不明なら日本の裁判所が管轄を有することになります。
この場合「行方不明」というのは、合理的な調査をしても当該被告の住所等が明らかとならない場合のことです。被告が「行方不明」であるといえるか否かは、個別の事案に応じて裁判所において判断されるので、専門性のある弁護士にご相談ください。
例示された場合以外にどのような場合に「特段の事情」があると認められるか否かは、最終的に個別具体的な事案に応じた裁判所の判断によりますので、専門性のある弁護士にご相談ください。
6. 国際離婚では、合意管轄や応訴管轄は認められない
3適切な審理・裁判が行われるために、離婚訴訟では、合意管轄と応訴管轄は認められていません。
また、合意があってかつ応訴がされたような場合、「特段の事情」(人事訴訟法3条の2第7号)に該当して、管轄が認められる可能性もあるでしょう。
7. 国際離婚と関連請求・附帯請求について
離婚訴訟では離婚慰謝料を請求する場合には、人事訴訟法3条の3(反訴として請求する場合には、第18条3項2号)によって、同じ当事者間での慰謝料請求ならその離婚事件について管轄が認められる場合に慰謝料請求についても管轄が認められています。
つまり夫婦間の慰謝料請求は、離婚訴訟の中で国際離婚の場合でも管轄が認められているのです。
不貞相手に対する慰謝料請求については、しかし、日本に国際裁判管轄が当然には認められていません。
離婚訴訟においてなす財産分与の請求の場合、日本の裁判所が離婚訴訟についての管轄権を有しており、かつ、家事事件手続法第3条の12各号のいずれかに該当する場合には、日本に国際裁判管轄が認められています(人事訴訟法3条の4第2項)。
離婚訴訟においてする「親権者の指定」及び「養育費の請求」については、離婚訴訟について日本に国際裁判管轄が認められる場合では、国際裁判管轄が認められます(人事訴訟法3条の4第1項)。