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1. 東京家庭裁判所の令和4年7月7日の判決のご紹介
これは、E国裁判所から逮捕状が発布されている妻を子らの親権者と東京家庭催暗所が指定した事例です(判例タイムズ1505号247頁)。この事案は妻である原告が、夫である被告に対し、婚姻関係は暴言などにより破綻したと主張して、民法770条1項5号に基づく離婚をもとめて、長男・長女の親権者となることを求めた事案です。それ以外に、養育費の支払、離婚慰謝料や財産分与・年金分割も求めていました。
2. 管轄裁判所はどこになるか?
離婚訴訟であり、被告の住所が日本国内にあるときに当たるから、人事訴訟法3条の2第1号により、日本の裁判所が管轄権をもってます。
3. 準拠法はどうなるか?
夫婦の一方である原告が日本に常居所を有する日本人であるので、法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)27条によって離婚については日本法が適用されます。親権者指定については日本国籍を有する子らの本国法が母である原告の本国法と同一である日本法であることから通則法32条が適用されてやはり準拠法は日本法となります。養育費の請求に関する準拠法は、扶養権利者である子らの常居所地法が日本法であることから扶養義務の準拠法に関する法律2条により日本法となります。離婚慰謝料に関する準拠法は、原告と被告の常居所地法が同一である日本法であることから通則法27条によってやはり日本法です。財産分与に関する準拠法は、財産分与が離婚の効果として生じることから通則法27条により日本法となり、年金分割に関する準拠法は、日本の社会保障に関するものであることから、日本法となるので、すべて日本法となります。
4. 離婚・慰謝料の判断
原告は昭和57年生まれで、E国の国籍を有する夫(被告)は1982年生まれでした。平成21年4月10日に婚姻をして日本で同居していました。この夫婦には、平成27年生まれの長男、平成29年生まれの長女がいました。
裁判所は、原告(母)と被告(父)は、入籍後、遅くとも平成24年4月頃から口論を繰り返すようになり、同年8月には夫婦でカウンセリングを受けたり、同月24日には双方が離婚届に署名した後で離婚届の提出を思い留まるなどしながら共同生活を送っており、平成28年頃から、原告は、被告が被告の両親の事ばかりを慮り原告に強く当たると感じたり、被告の長男に対する躾が厳しすぎると感じたり、原被告及び子らが平成30年4月にハワイに旅行に行った際に被告から万事において精神的に責められたと感じたりするなどし、徐々に被告に対する不満や苛立ちを募らせていたと認めました。
裁判所の認定事実では、父は母から性交渉によって長女を妊娠したと言われたことに疑問を持っていたが、現実には別居後、母が生殖医療によって長女を妊娠したことを知ったという経緯があり、被告が高収入を得ているにもかかわらず母である原告から応分以上の家事の分担を求められたと感じたり、口論の際に母は子らと会わせないようにするといった意味合いの事を言われたりしたことなどから、徐々に母に対する不満や苛立ちを募らせていたところ、平成30年6月24日午前中、本件自宅において、被告がシャワーを浴びた後にシャワー室の壁面に水滴が残っていたことを巡って口論となってしまったようです。
そして、計画していたE国への旅行の後、夫婦関係は改善しなかったので、父である被告は、離婚について弁護士に依頼した旨を母に告げると、父が出社した後、母は本件自宅を出ること及び行き先を告げず、子らを連れて本件自宅を出る形で別居が開始しているようです。母は、別居してから長女を乗せて自家用車を運転していた際、長女が車内で嘔吐するなどして車に装備していたチャイルドシートが汚れたため、チャイルドシートごと交換するため自宅に立ち寄り、ガレージ内で、汚れたチャイルドシートをチャイルドシートとして使えるバギーと交換するなどし、父はガレージの様子をビデオカメラで撮影していました。その際、母がトランクに長女を入れたことを被告は非難していました。
被告は、平成30年、子らの監護者を被告と仮に定めること及び子らを被告に仮に引き渡すことを求める審判前の保全処分を東京家庭裁判所に申し立てたのですが、令和元年7月19日、申立てをいずれも却下しています。
また、被告は、平成31年、子らの監護者を被告と定めることを求める子の監護者の指定及び子らを被告に引き渡すことを求める子の引渡しを東京家庭裁判所に申し立て、原告は、同年、子らの監護者を原告と定めることを求める子の監護者の指定を同裁判所に申し立てましたが、上記の却下決定と同日に、子らの監護者をいずれも母である原告と定めています。被告がした子らの引渡しを求める申立ては同時に却下されてました。被告は、東京高等裁判所に抗告をしたものの、高裁は抗告を棄却する旨の決定をしました。
そして、原告は交流に消極的であり、子らとの面会交流は別居以来、一度も実施されていないという状態でした。
裁判所は婚姻の破綻は考え方の相違や性格の不一致から互いに不満や苛立ちを募らせたことによると、認定しました。そして、原被告間には、民法770条1項5号の離婚事由が認められるとしました。
別居後、原告(母)が長女を車のトランクに入れるという虐待をした旨を繰り返して吹聴していた父が、家事調停手続の際にあるカメラクルーを裁判所の庁内に入れて撮影させようとした、A主催のパネルディスカッションに子らを奪われた被害者の立場で実名を出してパネラーとして登壇したり、B主催のパネルディスカッションに再度実名を出して参加をし、被告が子らを拉致したなどとでたらめな事を述べたり、E国において原告を誘拐犯として告訴した、被告である父とその姉が子らの実名を挙げて原告を非難する内容をSNSに発信するなどしたことに関し、子らのプライバシーを守るよう同人らに申し入れた様子もなかった、日本の国内でハンガーストライキを行い、自らの主張をインターネットで公開するとともに国内外のメディアからの取材に応じ、これ以前にされた記者会見を含め、「私は妻に脅しをかけられています。非難することはあってはならないと脅しをかけられています。」などと述べるなどと客観的事実に反する主張をしてしまった結果、原告(母)が内外のメディアから犯罪者であるような誤った個人情報を開示されるに至ったことが、離婚慰謝料の発生事由であると、主張していました。しかし、裁判所は、この慰謝料を認めませんでした。
5. 親権者についての判断
原告は、現に子らを養育監護していることが認められること、東京家庭裁判所裁判所調査官は、令和4年1月17日、原告、子らが在籍するXXの園長、子らの担任C及び子らと面接した上で、概要、子らの身体の発育は順調で生活も安定し、原告は公的なサポートや原告の父母の補助を適宜活用しながら子らの登園の準備、食事の用意、身の回りの世話等を担い、日常的に担任Xらと情報交換をして子らの様子を把握するなどしており、子らの監護状況について特段の問題はみられない旨の意見を示した(令和4年2月7日付け調査報告書)ことを踏まえると、原告が子らの親権者として適格であると認められるとしました。
これは、子を連れて家を出たことについて違法性を認めず、子を現在監護している母の監護に特段の問題がないことから、母を親権者として適格であるとしたものであり、家庭裁判所としては、標準的な判断です。
被告は、E国の裁判所が2021年に原告について逮捕状を発布し、現に原告は国際指名手配を受けており、子らの連れ去りをした原告が子らの親権者となることは国際的な非難を免れないし、子らを連れ去って被告と子らとの関係を断ち切った原告を親権者とすることは子らの福祉の見地からも相当でないから、子らの親権者として被告が適格である旨を主張していました。
裁判所は、「口頭弁論終結時において、原告が逮捕されている事実は認められず、前記(1)で認定・説示したとおり、原告が現に子らを養育監護し、子らの監護状況について特段の問題がみられないことからすれば、上記逮捕状が発布されているとの一事をもって、直ちに原告が子らの親権者として不適格であるということはできない。」としました。
このように海外において国際指名手配を受けていることについては、親権適格において大きな問題とならないという判断をして、それ以上は内容に入っていません。また、子を連れて別居をしたことについても特に違法性の有無の認定を、していません。これは、2024年の改正民法の成立前の事案であるので、このような判断となったものと思われます。改正法の施行後の事案であれば、急迫の事情があったのかという点が問われるでしょう。
また、被告は、被告が子らの親権者に指定された場合には年間140日以上の原告と子らとの交流を約束しているから、子らの親権者として被告が適格であることも主張したのですが、裁判所は「原告が現に子らを養育監護し、子らの監護状況について特段の問題がみられないことからすれば、子らと非監護親との面会交流は、被告を子らの親権者に指定した上で子らと原告との間で実施するよりも、原告を子らの親権者に指定した上で子らと被告との間で実施する方が望ましいものといい得る。」としています。交流について積極的である親に単独親権を与えるという選択肢は考えられないという判断と言えるでしょう。もっとも、共同親権の選択肢がある場合にはこの点がどういう判断となるのかは、今後の実務の展開によります。
6. 面会交流についての判断
面会交流については、子らとの面会交流が口頭弁論終結時に至るまで一度も実施されていないことについては、「上記調査官による調査において、原告は安全確保に対する懸念を理由に被告と子らとの面会交流に消極的な意向であるものの、子らは被告に対して否定的な感情を示すことはなかったというのであるから、原告が被告と子らとの面会交流を妨げていることは問題であるといわざるを得ない。しかしながら、共同親権を認めていない現行法の下では、この点は、本件訴訟とは別に,原告と被告が協議をし,協議が整わないときには,調停及び審判の手続を経るなどして,子らの福祉に適うところを慎重に模索して,これを実現していくのが相当であるというべきであって、原告が被告と子らとの面会交流を拒み、他方、被告が子らの親権者に指定された場合には年間140日以上の原告と子らとの交流を約束しているということから、直ちに、被告が原告よりも子らの親権者として適格であるということはできない。」としました。
この判決は、共同親権が日本法でも可能であれば、一方的に面会交流を拒んでいる同居親の親権判断においては、共同親権と言う結論を出して、交流ができていない状況の打破をはかろうとする可能性があるといっているようにも、読めます。
「本件訴訟とは別に,原告と被告が協議をし,協議が整わないときには,調停及び審判の手続を経るなどして,子らの福祉に適うところを慎重に模索して,これを実現していくのが相当である」という判断を裁判所がしていますが、すでに長期間、父である被告と子らの交流がされておらず、父母においては、到底、協議ができる関係性がないにもかかわらず、調停などの新たな手続きをする必要を示しているものです。
これは、離婚手続きにおいて、迅速に面会交流を実現したり、交流に消極的な同居親がいる場合に具体的に交流を実現できるようにしたりする施策がないことの問題を、あぶりだした判例と言えます。