1. ハーグ条約とは
ハーグ条約は、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」が正式名称です。
ハーグ条約は、1980年に作られている条約で、当初加盟国は欧米の数か国でしたが、次第に締結国は増えました、そして、日本は長年、欧米諸国から締結を求めるように要請をされておりましたが、2014年にようやく締結に至りまし
2. ハーグ条約の概要
ハーグ条約の基本的な考え方は、親権や監護権など子どもに関することは、子どもが生活していた国の裁判所で決めるべきであるという考えです。
この背景には、「法廷地狩り」を防ぐこともあります。ハーグ条約では、国際的な子の奪い合い(奪取事件)において、一方の親が子を連れ去り、自分にとって有利な裁判をしてくれる国を求めて、移動してしまってそこで裁判を起こすことを法廷地狩りといいます。英語ではフォーラムショッピングと言います。
ハーグ条約は法廷地狩りを防止して、移転してしまった親を相手に裁判などを起こして、子どもを元の居住国に迅速に返還するための国際的な仕組みとなっています。そのため、子どもが慣れ親しんで住んでいた国から違う国へと連れて行った親は、直ちに元の場所に子どもを返さないといけない(その場合に親子で帰国することはできます)、そして、最終的に誰が親権者・監護権者になるのかはその国の司法手続きできめましょうという仕組みなのです。
子どもの権利という視点では、親の都合でむやみに国をまたいで移動させられて、他の親との断絶、環境の激変を防ぐという意味もあります。
一方の親が国境を超えて子どもを不法に連れ去ると、条約の前文に明記されている「子どもの最善の利益」が害されるのです。条約は、連れ去りから生ずる子どもへの有害な影響から子どもを保護することを目的として、子どもがもともと生活していた所に迅速に返還する手続きを定めています。また、面会交流権の確保についても定めています。
一方、子どもの返還が、子どもを返すことで子どもにとって精神的・肉体的に害を及ぼすような危険がある場合については、返還が子どもの利益に反するので、返還例外事由として扱っています。
3. 手続きの流れ
子どもの連れ去り・留置の時点から1年以内の事案では原則は元の国へ返還しなくてはならないということになっており、たとえば、フランス人の父親が子どもを返せと子の返還申立てをした場合、日本人の母は、返還例外事由があるという主張をして返還を阻止しようとします。具体的には弁護士を雇って日本の家庭裁判所でその審判において応訴するのです。
そして、その返還事由があるとされると、返還が認められませんが、ないとなると、返還命令が出て直ちに返さなくてはならないということになります。一般の家事事件よりはかなり早い手続きです。
もちろん、話し合いで裁判の前に解決ができることもあります。
家庭裁判所が、母親に対して子の返還を命じてそれが高裁でも維持されると、母親は子を返さないといけなくなります。返さない場合、上の例では、そのフランス人の父が強制執行の手続きを裁判所に申し立てて、強制執行が行われて執行官により子が父親に引き渡されて子はフランスに父と戻るというようなことになります。その後には、どうなるかというと、母がフランスにもどってフランスの裁判所で監護権・親権の判断を受けることになりますが、母がフランスに戻らない場合、フランスで父親が育てることになるでしょう。
4. ハーグ条約の功績
各加盟国では、条約の円滑な運用のために中央当局が置かれていて、日本では外務省が中央当局となっています。外務省領事局ハーグ条約室が実務を取り扱っています。この条約室は「ハーグ条約の実施状況」という情報を発信しています。国境を越えた子の奪取(連れ去り)については困っている人がかなりいて、条約室ではそういった人の相談に乗って、情報提供をしています。ハーグ条約が批准されたことで、突然子どもが海外へ連れ去られてしまうという事案は、相当すくなくなったものと思われます。そして、元の国で解決をしようとする人が増えているといえるでしょう。
ハーグ条約に加盟する前には、外国から里帰りのため日本に一時帰国することが難しかった親子がいましたが、「日本がハーグ条加盟国になった」ことから、外国の裁判所からの渡航許可が出やすくなっているという利点も、あります。
5. ハーグ条約の問題点
日本が長いことこの条約に加盟をしなかったのは、女性の権利の観点から、反対意見があったからです。夫婦関係が破綻した際には母親が子を連れて実家に帰るという風習があり、それがハーグ条約はそぐわないというような意見もありました。
ハーグ条約は子どもを国外へ連れて出たら、一旦元に戻してその国で裁判をして決めなさいというルールなので、合理的であるようですが、一定の人には酷な制度ではあります。海外で外国人と結婚し、外国で暮らす日本人母親は、海外で移民の立場にあって、言葉のハンディもあるため経済力がないことが多いです。子が生まれたので仕事をすることもままならないこともあります。ハーグ条約では、この母親が夫と別れたい場合には、まず、その国で裁判をして、誰がどこで子どもを育てるのかを決めなさいというルールになりますが、それは簡単ではありません。現地で弁護士を探してその費用を払い、裁判をしなければならないのです。言葉のハンディを乗り越え、何とか費用を払える人もいるでしょうが、それができない人もいます。そして、多くの場合、先進国では離婚後もその国で共同養育をするようにという結果になるでしょう。
そうなると、経済力がない母親が、その国で夫と離婚してから自活するのは相当に大変ではあります。特に、母がDV被害者であった場合にとりあえず祖国に逃げ帰ることができないのは、酷ではないかということがあり、それはデメリットであるといわれています。
なお、このような酷な状況になっているのは女性だけではありません。日本人男性がドイツ語を話せないのにドイツ人妻の意向に合わせてドイツに住んで専業夫になるような場合も十分にあるのです。
そして、この条約は、移民となって海外で暮らす親の弱い立場についてはあまり配慮しているとは言えないのです。
ハーグ条約には、返還の例外が規定され、「返還により子が心身に害悪を受け、または耐え難い状況に置かれる重大な危険がある場合」には子を返還しなくてよいので、DV被害者の保護は図られているものの、あくまで「子にとっての将来の危険」を立証しなくてはならないため、母親に対するDVがあったというだけでは子の返還は阻止できません。そのため、被害者保護が十分できているとは言えない面があることから、子と被害者が返還された後の支援や心のケアも、ハーグ条約の仕組みの中に取り込むことが必要でしょう。
また、強制執行となった場合には、無理やり親と引きはなすことは、執行官ができないので、強制力に制限を設けた日本の執行制度では執行が成功しない可能性があると批判されています。この点は、執行に関する実施法の改正でかなり改善された可能性はあります。 *2025年5月において103国がハーグ条約に加盟しています。日本に連れて去られた子については195件が援助決定を受けており、返還が実現したケースは82件だそうです。外国に連れ去られた子については、援助決定は174件でており、返還が決定したケー