遺産を相続人の一人が使い込んでしまった場合、相続人間で深刻なトラブルを引き起こす可能性があります。大切な故人の遺産が、近くにいる人に不当に使われてしまうのではないかという不安を抱えている方もいるのではないでしょうか。また、遺産を調査したら預金がなくなっており、預金を管理していた人が使ってしまったという疑いをもっている方もいると思います。
この記事では、問題となる遺産使い込みの実態について解説します。遺産使い込みのよくあるケースや起こりやすい状況を理解することで、トラブルの兆候を早期に察知できるようになります。また、使い込みが起きた際に警察に相談すべきケース、不当利得返還請求の手続き、そして弁護士という専門家への相談のメリットについても詳しく説明します。
さらに、遺言書の作成や遺産分割協議の円滑な進行といった、遺産使い込みを未然に防ぐための対策もご紹介します。この記事を読むことで、遺産に関するトラブルを回避したり、どうやって解決するべきかの知識を身につけることができます。
Contents
1. 遺産の使い込みの実態
遺産使い込みは、故人の遺産を相続人以外の者が不正に使用する行為です。これが深刻な問題となるのは、金銭的な損害だけでなく、家族間の信頼関係を崩壊させる原因にもなるからです。遺産使い込みは様々な形で発生し、その手口も巧妙化してきています。また、遺産をめぐるトラブルは、感情的な対立を伴うことが多く、また後回しとすると、証拠が不十分となるので早期の解決が重要です。
1.1 遺産使い込みのよくあるケース
遺産使い込みは、故人の財産の種類を問わず発生する可能性があります。代表的なケースは以下の通りです。
1.1.1 預貯金の使い込み
高齢者の銀行口座から無断で、預貯金を引き出すケースは最も多く見られます。ATMを使って現金引き出しや、インターネットバンキングを利用した不正送金など、その手段も多岐にわたります。特に、故人と同居して、故人のキャッシュカードや通帳を管理していた相続人が、他の相続人に無断で預貯金を使用してしまうケースが少なくありません。また、故人の生前に委任状を受け取っていた者が、その権限を悪用して預貯金を着服するケースも存在します。
もっとも、同居をしていた相続人が故人の生活費の引き出しを依頼されていたという場合もありますのですべてが使い込みではありません。
1.1.2 不動産の売却・処分
故人が所有していた不動産を、無断で売却したり、賃貸に出してしまうケースです。他の相続人に無断でよくわかっていない高齢者とか認知症の契約書のサインをさせるなどして不動産を処分し、その代金を着服する悪質なケースもあります。また、不動産の名義変更を不正に行い、自分のものにしてしまうケースもあります。勝手に賃貸してその賃料をもらってしまうという例もあります。不動産は高額なことがあるので、被害額も大きくなる傾向があります。
1.1.3 貴金属や美術品の売却
故人が所有していた貴金属や美術品、骨董品などを無断で売却するケースです。これらの物品は、換金性が高く、鑑定評価額が不明確な場合もあるため、使い込みの対象になりやすいと言えます。
故人の遺品整理を名目に、貴重な品物を持ち去り、売却してしまうといったケースも報告されています。また、遺言書が存在しない場合では、誰がどの財産を相続するのかが明確でないため、故人の死亡後にこうしたトラブルが発生しやすくなります。
1.2 遺産使い込みが起こりやすい状況
遺産使い込みは、特定の状況下で発生しやすくなります。以下のような状況に該当する場合、特に注意が必要です。
相続人が複数いる場合:
相続人が複数いる場合、遺産分割協議が紛糾しやすく、その混乱に乗じて遺産使い込みが行われる可能性が高まります。特に、相続人同士の関係が悪化している場合、情報共有が不足したり、不信感が募り、不正が行われやすい環境が生まれます。
故人と同居していた相続人がいる場合:
故人と同居していた相続人は、故人の財産状況を把握しやすく、他の相続人よりも財産にアクセスしやすい立場にあります。そのため、遺産使い込みを行うリスクが高くなります。また、故人から生前に金銭的な援助を受けていた場合は、他の相続人から疑念を抱かれる可能性も高くなります。
疎遠な相続人がいる場合:
疎遠な相続人がいる場合、遺産分割協議がスムーズに進まない可能性があります。連絡が取りづらかったり、遺産分割への関心が薄かったりする相続人がいると、他の相続人がその隙に遺産を使い込んでしまうケースも考えられます。
2. 遺産使い込みは警察に相談すべきなのか?
遺産の使い込みが発覚した場合、泣き寝入りせずに適切な手段で対処することが重要です。警察への相談は選択肢の一つですが、刑事事件とならないことが多く有効とは限りません。
2.1 遺産使い込みと刑事事件
遺産使い込みが刑事事件として扱われるためには、一定の犯罪要件を満たす必要があります。主な犯罪類型は以下の通りです。
2.1.1 横領罪
故人の遺産を管理する立場にある人が、その財産を自己の利益のために不正に処分した場合、横領罪が成立する可能性があります。例えば、相続人が故人の預貯金を自分の口座に移し替え、私的に使用した場合などが該当します。ただし、使い込みの事実だけでなく、不法領得の意思があったことを証明する必要があります(刑法第252条)。
2.1.2 詐欺罪
遺産相続において、虚偽の事実を告げるなどして他の相続人を欺き、本来受け取るべき遺産を不正に取得した場合、詐欺罪が成立する可能性があります。例えば、遺言書を偽造したり、存在しない負債を主張したりするケースなどが考えられます(刑法第246条)。
2.1.3 背任罪
遺産管理を委託された者が、その任務に背いて財産を処分し、相続人に損害を与えた場合、背任罪が成立する可能性があります。例えば、不動産を不当に低い価格で売却するなどが該当します(刑法第247条)。
*窃盗罪や横領罪の場合には「親族間の犯罪に関する特例」があります(刑法244条、255条)。この特例では、「配偶者(夫とか妻)」「直系血族(親子)」「同居の親族」との間で窃盗や横領をした場合には、刑が免除されてしまいます。刑法244条1項でそのようになってしまっているからです。老人虐待を助長する条項ですが、この条項のために刑が免除されてしまうため、親子間の横領罪の問題では、警察は動いてくれないことが多いでしょう。
2.3 警察が動いてくれない場合の対処法
警察が事件として取り扱ってくれない場合、諦める必要はありません。民事訴訟で不当利得返還請求を行うことで、使い込まれた遺産を取り戻せる可能性があります。弁護士に相談することで、より適切な対応策を検討できます。
3. 不当利得返還請求で遺産を取り戻す
遺産の使い込みが発覚した場合、不当利得返還請求によって使い込まれた遺産を取り戻せる可能性があります。不当利得返還請求とは、法律上の正当な理由なく他人の財産から利益を得て、その結果として他人に損失を与えた場合に、その利益を返還させるよう請求できる制度です。遺産使い込みは、この不当利得に該当するケースが多く見られます。
3.1 不当利得とは
民法703条で規定されている不当利得とは、法律上の原因なく他人の財産によって利益を得、その結果として他人に損失を与えた場合に成立します。成立要件は以下の3つです。
- 利益を得ていること
- 他人に損失を与えていること
- 法律上の原因がないこと
例えば、本来受け取る権利のない財産を、高齢者が認知症であるからよく資産が管理できていない状況で、勝手にお金を使った場合、その人は利益を得て
、本来の相続人は損失を被ることになります。そして、法律上、勝手にそんなふうにお金を使う正当な理由はありません。そのため、そういうお金の使い込みは不当利得に該当すると考えられます。
3.2 遺産使い込みと不当利得返還請求
遺産の使い込みが不当利得に該当する場合、使い込みを行った相手に対して不当利得返還請求を行うことができます。請求できる金額は、使い込まれた遺産の額、もしくは使い込みによって得られた利益の額となります。使い込みによって得られた利益が使い込まれた遺産の額を上回る場合、例えば、使い込まれた遺産を元手に投資を行い、大きな利益を得たようなケースでは、得られた利益全額が返還請求の対象となる可能性があります。不当利得返還請求は、遺産分割協議が成立した後でも行うことができます。
遺産分割協議で遺産の使い込みがわからず後でわかった場合でも、後から不当利得返還請求を行うことが可能です。
3.3 不当利得返還請求の手続き
不当利得返還請求の手続きには、主に以下の3つの方法があります。
方法 | 内容 | メリット | デメリット |
内容証明郵便による請求 | 内容証明郵便で相手に返還請求を行う方法 | 費用が比較的安く、手軽に行える | 法的拘束力がなく、相手が応じない場合が多い |
調 停 | 家庭裁判所に調停を申し立てる方法 | 裁判よりも費用が安く、手続きが簡便 | 相手が調停に応じない場合、解決に至らない可能性がある |
訴 訟 | 裁判所に訴訟を提起する方法 | 法的拘束力があり、判決によって強制執行が可能 | 費用と時間がかかる |
3.3.1 内容証明郵便による請求
内容証明郵便とは、いつ、誰が、誰に、どのような内容の文書を送ったのかを郵便局が証明してくれる制度です。内容証明郵便で返還請求を行うことで、相手に正式な請求を行ったという証拠を残すことができます。相手が返還請求に応じない場合の、その後の調停や訴訟においても有効な証拠となります。
3.3.2 調停
調停とは、家庭裁判所の調停委員が間に入り、当事者間の合意形成を促す手続きです。調停で合意が成立した場合、その合意は法的拘束力を持つ調停調書となります。調停は、裁判よりも費用が安く、手続きも簡便であるというメリットがあります。遺産分割協議と並行して行うことも可能です。
3.3.3 訴訟
訴訟とは、裁判所に訴えを提起し、判決を求める手続きです。訴訟で勝訴した場合、判決に基づいて強制執行を行うことができます。強制執行とは、相手の財産を差し押さえるなどして、判決の内容を実現させる手続きです。訴訟は、他の手続きと比べて費用と時間がかかりますが、法的拘束力があり、確実に返還請求を実現できる可能性が高い方法です。
4. 専門家への依頼で解決をスムーズに
遺産使い込みの問題は、感情的な対立を伴うことが多く、複雑な法的知識も必要となるため、専門家への相談が解決への近道となるケースが多いです。早期に相談することで早いスムーズな解決へと繋げることができます。
弁護士は、法的紛争のプロフェッショナルです。遺産の使い込みの問題においては、事実関係の調査・分析、不当利得返還請求の交渉や遺産分割協議の代理、調停・訴訟など、幅広いサポートを提供してくれる専門家です。また、刑事告訴を検討する場合にも、的確なアドバイスを受けることができます。
<弁護士に相談するメリット>
法的知識に基づいた的確なアドバイスを受けられどんな解決が可能かを知ることができる
交渉や訴訟を代理人として行ってもらって解決ができる
交渉をする必要がないので、精神的な負担を軽減できる
5. 遺産を使い込みされないための対策
遺産使い込みは、故人の想いを踏みにじるだけでなく、残された家族間での深刻な問題になりその後の感情的対立を残します。そのような事態を避けるためには、事前の対策が重要です。ここでは、遺産使い込みを防ぐための具体的な対策を解説します。
5.1 亡くなる前に遺言書を作成し相続人に説明をする
遺言書は、遺産分割の方向性を示す重要なツールです。遺言書を作成することで、遺産の分配方法を明確にし、相続人間での紛争リスクを軽減できます。 遺言書には、法定相続分とは異なる割合で遺産を分配することも可能です。例えば、特定の相続人に多く遺産を相続させたり、特定の財産を特定の相続人に相続させたりすることができます。
また、遺言執行者を指定することで、遺産分割手続きをスムーズに進めることも可能です。遺言書には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類があります。それぞれの作成方法やメリット・デメリットを理解し、自身に合った方法で作成することが重要です。
財産を整理し管理したうえで、遺言を残して、それについて相続人に説明しておくことで、誰かが不当に使い込みをするような可能性を低くすることができるでしょう。
5.2 迅速な遺産の管理と遺産分割協議
遺言書がない場合、相続人全員で遺産分割協議を行い、遺産の分割方法を決定しますが、遺産を管理しつつ、遺産分割協議を迅速・円滑に進めることで、故人の死亡後勝手に誰かが資産を持って行ってしまうことを防げます。このとき、相続人間で十分なコミュニケーションを取り、お互いの希望や状況を理解することが重要です。
5.3 信頼できる第三者への相談
遺産相続は、複雑な手続きや法律が絡むため、専門家の助言を得ることが有効です。弁護士や税理士などの専門家は、遺産分割・相続税の申告に関する法的知識や実務経験が豊富であり、適切なアドバイスを提供してくれます。 遺産分割協議が難航している場合や、遺産使い込みの疑いがある場合などは、紛争については弁護士に相談することをお勧めします。
5.4 財産管理の透明化
遺産使い込みを防ぐためには、財産管理の透明化が有効です。 故人の預貯金口座を解約して、相続人全員が把握できる口座に資金を移すという方法もあり得ますし、不動産の権利関係を相続人間で明確にし、貴金属や美術品などの所在を確認してどこかに保存するなど、財産の状況を共有することが重要です。また、財産目録を作成し、相続人全員で確認することで、不正な使い込みを早期に発見することができます。
5.5 生前贈与の活用
財産の贈与をしておきたい場合には、亡くなる前に生前贈与をしておくと、遺産の総額を減らし、相続税の負担を軽減できるだけでなく、遺産分割協議の手間を省き、遺産使い込みのリスクを減らすことができます。 贈与税の非課税枠を活用することで、効率的に財産を移転することが可能ですが贈与には一定のルールがあるため、税理士に相談しながら進めることが重要です。
5.6 エンディングノートの活用
エンディングノートは、法的拘束力はありませんが、故人の想いや希望を伝えるための有効な手段です。 遺産の分配方法に関する希望や、葬儀やお墓に関する希望などを記しておくことで、故人となった場合に気持ちを伝えて、相続人間でのトラブルを未然に防ぐことができます。また、エンディングノートには、財産の状況や、連絡先などを記録しておくことも有効です。
これらの対策を講じることで、遺産使い込みのリスクを軽減し、円滑な遺産相続を実現することができます。状況に応じて適切な対策を組み合わせ、安心して相続を迎えるために、早めの準備を心がけましょう。
6. まとめ
遺産の使い込みは、深刻な問題です。ここでは遺産使い込みの方法として起こりやすい事案や回避方法について解説しました。預貯金、不動産、貴金属など、様々なものが使い込みの対象となり、相続人が複数いて、故人と同居していた相続人がいる場合が、特に起こりやすいです。
遺産使い込みが疑われる場合、横領罪、詐欺罪、背任罪などの刑事事件に該当する可能性があり、警察への相談も検討したくなるでしょうが、警察が動いてくれるとは限らないのは親族相盗例のためです。そのため民事訴訟(不当利得返還請求の手続き)について理解し、検討をしておく必要があります。
また、弁護士に相談することで、訴訟での勝訴の見込みが理解できて、そのアドバイスやサポートによって、紛争の早期解決が可能となるかもしれません。
また、遺産使い込みをされないような対策としては、遺言書の作成、遺産分割協議の円滑な進行、信頼できる第三者への相談などが有効です。これらの対策を講じることで、将来的なトラブルを未然に防ぐことができるでしょう。