相続財産について不当利得があった場合、他の相続人にはその返還請求を行う権利があります。ただし、不当利得の返還請求権には10年の時効があるほか、訴訟で判決をもらうには、専門知識が必要です。
相続でしばしば問題になるのが、相続人の一人が勝手に相続するはずの預金を勝手に引き出して、財産を使い込んでしまっているケースです。法律上の用語では「不当利得」と言いますが、では、そうした相続人に対して不当利得の返還を請求することはどうやってするのでしょうか。
1. 相続問題でよくある不当利得とは
まずは、不当利得とはどのような利益のことであるかを確認しておきましょう。売買行為や贈与などの法律上の原因がないのに利益を受けることが本来ないはずの者が利益を受け、それと対応して、本来損失を被る必要のない者が損失を被る場合、その利益のことを不当利得と言います。
お店で買った商品に何らかの不備があったのでお店に返品したところ、本来されるべきはずの返金や交換などの対応がされなかった場合を考えるとわかりやすいでしょう。最初の売買の時点で契約が一度成立していますが、購入した商品に不備があることから、その契約は無効、もしくは、契約そのものがなかったとみなされるはずです。それにもかかわらず、返金や交換などしかるべき対応がなされない時、その商品を売ったお店の不当利得となります。
こういう不当利得があった場合は、法律の手続きを通じてその返還を請求することができます。具体的にどのような場合に返還請求ができるかは、民法に規定されていますので確認しておきましょう。
民法703条によると、不当利得の返還請求ができる要件には、まず、その利得が法律上の原因のないものであることが一つ、また、他人の財産や労務によってある者が利益を得ていること、それに対応する形でその他人が損失を被っていること、つまり、この受益と損失に因果関係があることです。これらすべての要件を満たす時に、不当利得の返還請求ができるとされています。
もう一度確認しておくと、法律上の原因のないものということは、争点である財産の移動が正当である理由がない場合です。上で見たように、お店に不備がある商品を返品しても返金や交換に対応してくれない場合がこれに当たります。
先に「受益」という言葉を用いましたが、これは、その事実がなかった場合に、本来あるべきはずの財産総額が、それによって増加している場合に用いられる言葉です。たとえば、相続人の一人が勝手に遺産を使い込んでしまった場合、その相続人の財産自体は減っていないので、「受益性がある」と考えられます。
受益に対応する形で、損失も存在する必要があります。先ほどの例で言えば、誰か一人が遺産を使い込んでしまったがために、別の人がそれに対応する形で損失を被っているケースです。
ただ、このようにわかりやすく受益と損失が直接関係している場合ばかりではないため、実際の相続問題では、さまざまな原因を考慮して総合的に判断する必要があります。
2. 相続財産について不当利得の返還請求を行う方法
どういうものが不当利得であるかがわかったところで、実際に相続でこういうケースが発生した時に、どうやってその返還請求を行うのかを確認しておきましょう。
まずは、話し合いでの解決が図られるのが一般的ですが、それで解決できない時は裁判所に訴えることになります。裁判に訴えるケースでは、通常は、地方裁判所や簡易裁判所に民事訴訟を起こし、法廷にて主張反論を行います。
ただ、裁判に訴えることのできる期間には時効があって、不当利得の返還請求権は、民法167条によると10年で時効が成立します。時効がカウントされるその起算日は、権利が発生した日です。
遺産相続の場合、期限に制限を設けずに遺産分割の協議をしないでいると、いつのまにか相続人の誰かが勝手に遺産を使い込み、気が付いた時には10年が経過していて返還請求権の時効が成立してしまっているということもあります。時効が成立している場合は、不法行為による損害賠償の請求など、他の方法によって対処しなければなりません。
また、不当利得の返還請求の裁判では、その請求が認められた場合、返還されるのは不当利得された財産の現物です。つまり、不当利得のあった人がすでに財産を使い込んでしまっている場合、現物での返還ができないこともあります。
その場合は価額賠償になるのですが、その価額は客観的に相当と認められる額ですので、たとえば不動産を元の値段よりも高値で売ってしまっている場合、請求できる金額の見極めが困難になることもよくあります。
相続での不当利益にはどんな例があるのかですが、典型は遺産となるべき財産を相続人の一人が勝手に預金の引き出しなどで、自分のものにしてもらっているとか使い込んでいる場合です。
相続する財産は、相続が開始すると同時にすべての相続人に共有される状態になりますので、遺産分割が終了するまでは誰も勝手に使ってはいけません。それなのに、誰かが勝手に使い込んでしまっているのなら、それは完全に不当利得に該当します。それ以外の相続人には返還請求を行う権利があるということです。
なお、遺産の使い込みトラブルでは、不当利得の返還請求以外にも、損害賠償を不法行為に対して請求するパターンもあります。というのも、不当利得の返還請求権は先ほども見たように10年という時効があり、不法行為の場合には、不法行為を知った時から3年と時効が違っているからです。
10年と3年なら、長い方の10年の方を常に選ぶのではないかと思ってしまいそうですが、遺産の使い込みでは、それが発覚した時に、すでに相続開始から10年以上が経過していることもよくあります。そのため、使い込みが発覚した時にはすでに不当利得の返還請求権の時効が成立しているわけです。そういう時は、不法行為での損害賠償の請求を選ぶ場合がよくあります。
ただし、どのような場合にどちらの請求権が行使できるかは判断が難しい場合もよくあるので、専門家である弁護士に判断してもらうのがよいでしょう。
預金の使い込みではない典型は賃料です。相続する遺産に不動産が入っており、さらに、その不動産にアパートやマンションなど賃料が発生する物件がある場合、その賃料は、相続開始から遺産分割が終わるまでの期間にも発生しているはずです。ただ、その間に発生した賃料は、遺産とは別の財産としての扱いになります。
つまり、その賃料は遺産分割の影響を受けず、相続人の相続分に応じて一人ずつ取得できるわけです。ところが、相続人の誰か一人が勝手に賃料を独り占めしているようなケースも実際にはよくあるでしょう。この場合、不当利得の返還請求ができることもあります。
ただし、賃料の絡んでくる相続は、そもそも不動産の分け方で紛争があり、複雑な事実関係があるケースが多いため、一般の人では解決は難しいでしょう。そういう場合は、最初から弁護士に依頼して判断してもらうのがおすすめです。
いずれにせよ、不当利得の返還請求がなされるようなケースとは、話し合いでの解決が難しいケースです。「不当利得ではないか」と言って素直に認める相手なら、わざわざ裁判を起こす必要がありません。それ以前に話し合いで解決するはずでしょう。
ところが、実際はそうならないために裁判まで発展してしまうわけです。よくある例では、使い込みではなく、「被相続人から贈与を受けただけ」、「預金を頼まれておろしただけ」といった言い訳があります。その言い分が本当なら、それは仕方がないのですが、裁判では客観的な証拠があるかどうかがポイントとなり、言い訳をする方が立証する必要があります。
もちろん、返還請求を行う際にも客観的な証拠が必要になります。したがって、不当利得ではないかと思われるケースでも、最初から疑ってかかるのは無用なトラブルを招くだけですので、不審な点がある時は、当の本人やその周りの人に軽く尋ねてみるぐらいから始め、どうしても不審の念が拭えない時に弁護士という専門家に相談して、調査してもらうようにするとよいでしょう。