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1. 判決主文のご紹介
東京地方裁判所判決(令和4年7月29日)、不貞により慰謝料請求が認められた最近の事件について、弁護士松野絵里子が解説します。この判例では、以下の判決がだされています。仮執行宣言が付いています。
判決:
1 被告Y1は、原告に対し、被告Y2と10万円の限度で連帯して、110万円及びこれに対する令和3年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Y2は、原告に対し、被告Y1と連帯して、10万円及びこれに対する令和3年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
原告が求めた慰謝料は?
原告(以下「夫」)は、不貞相手に200万円、元配偶者(以下「妻」)に300万円の請求をし、200万円については連帯して払うように求めました。
2. どんな事案か
本件は夫が原告で、妻と不貞相手が被告となっています。妻はこの不貞相手とは別にAと交際をしていたことから、Aとの不貞行為が原因で離婚となったという事案です。
夫は、不法行為に基づき、不貞相手に200万円を求め、不貞による慰謝料と離婚自体の慰謝料の合計として300万円を妻に求めていました。
つまり、不貞相手と妻に別の慰謝料を求めています。不貞相手と妻は不貞行為という不法行為を共同で実行したので、共同不法行為となり、連帯して損害賠償を払う義務を負うのでこの点で200万円を求めました。そして、妻には、その不法行為と離婚という結果になったことの慰謝料を加えて300万円を求めたのです。離婚自体慰謝料が100万円ということになります。
民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。)によって年5分の割合による遅延損害金の支払も求めています。
争点1 離婚自体慰謝料がすでに被告は払っていたか?
裁判所は、別居それ自体及び別居前後の夫の言動は、結局のところ妻の不貞行為を原因として生じた事態であるうえ、妻とAとの不貞行為が2年以上に及び、その頻度も決して低くないといった、被告の行為の違法性の大きさに鑑みると、妻が離婚原因として主張する事情はいずれも慰謝料額を大きく下げる要因とは認めがたいとしました。
争点2 離婚自体慰謝料の金額
裁判所は不貞行為が離婚の主たる原因であることに加え、不貞行為の期間・回数、夫と妻の婚姻期間が7年以上に及び、決して短くはないこと、他方で、訴外Aとの不貞行為それ自体に基づく慰謝料については、訴外Aが、別件訴訟の判決に基づき慰謝料200万円を支払済みであり、被告Y1もその半分の100万円について負担していること(なお、これは、後述のとおり、被告Y1の弁済の抗弁を認める趣旨ではない。)等も総合的に考慮して、夫がさらにもらえる離婚自体の慰謝料としては、100万円と認めるのが相当としました。
これはAとの不貞についてすでにAが200万円をはらい妻が100万円を負担したことを加味して、100万円を離婚慰謝料としています。仮に、100万円を払っていなければ200万円の離婚慰謝料が認められたものと推察できます。
なお、不貞相手は、夫が請求する離婚自体慰謝料についてはAが別件訴訟の判決に基づき既に弁済済みであると主張しましたが、別件訴訟の判決は、不貞を理由とする不法行為に基づく請求の結果であったと認定しました。
争点3 離婚自体慰謝料については、すでに財産分与からの控除があったのか?
離婚自体慰謝料についての放棄をしたのかという点が主張されていて、夫は妻に「財産分与も慰謝料控除した体できちんとするので。」というLINEメッセージを理由に、本来の財産分与額と実際に受け取った財産分与額の差額が控除された離婚慰謝料額に該当するとか、離婚自体慰謝料請求権を放棄していると主張していました。しかし、この点、否定されました。額が具体的に定まっていない段階での発言であるうえ、その文言に照らしても、慰謝料額を控除して財産分与額を算出することを合意したとか、慰謝料請求権を放棄ないし免除する確定的意思を示したものとは、評価しがたいという理由です。このような明確ではないやりとりで何か明確な意思表示を認定はできないのは当然でしょう。
さらに、誓約書を作成しているのに、そこでは慰謝料について全く触れていないという点からも慰謝料額を財産分与の額から控除することを合意したとは到底、認められないとしました。
争点4 不貞行為が認められ法的保護に値する利益の侵害がされたのか?
「本件LINEメッセージにおいて、具体的日時は不明であるものの、被告Y2の「ギューとチューできて嬉しかったー。今日も頑張れるー」とのメッセージに対して、被告Y1が「急に会いに行ってごめんね。私も嬉しかったです(ハートマーク)」と返信をしていることに照らせば、被告らが、当該メッセージを送り合う直前に、抱擁の上キスをしたこと(以下「本件キス行為」という。)が認められる。本件キス行為については、具体的態様は不明であるものの、少なくともキスという行為の性質上、婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為であることは明らかであって、不法行為に該当する。」としました。つまり、不貞ではなくキス行為のみが認定されたのです。(不貞なら慰謝料は100万円に近くなるでしょう。)
「本件キス行為」とキスを定義するのはちょっと笑えますね!具体的態様は不明であるが・・・・というまじめな考察も、くすっと笑ってしまいませんか?
それはさておき、「証拠として提出されている本件LINEメッセージのやりとりの内容だけでは、本件キス行為以外の被告らの言動や関係性に関し、社会通念上許容される限度を逸脱しているとか、夫の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為が行われたものと認めるには足りない」と裁判所は、判断しました。そして、離婚をした後、不貞相手との同居や交際の事実を夫が知ったことから、裁判所は「本件キス行為と離婚との間の因果関係は認められないといわざるをえない」としました。つまり、離婚に直結していないので離婚慰謝料の基礎にはならないというわけです。
しかし、離婚後に初めて不貞行為の存在に気付いたわけではないため「離婚との因果関係こそ認められないものの、本件キス行為により原告の婚姻共同生活の平和が侵害されたという結果自体が事後的に否定されたわけではない。」として慰謝料を認めました。つまり、共同生活の平和を害した分の損害を認めるのです。
慰謝料額については、キスをした行為が「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為として、共同不法行為に該当」するとしたものの「認められるのは抱擁の上キスをしたというだけであり、具体的態様は不明であることから、この点は被告らに有利に考えざるをえないこと、本件キス行為の結果についても、離婚との因果関係はなく、婚姻共同生活に与えた影響も限定的であるといわざるをえないこと、他方で、被告らが、本件LINEメッセージの発覚後一貫して本件キス行為も含めて被告らの関係を否認し、不合理な弁解に終始していることなどを総合的」に検討して、このキスによる精神的苦痛の慰謝料は、10万円としました。 (キスの態様がよくわからないのでそれは被告に有利に考えるしかない・・・というところは、面白いですね。立証責任の観点から立証できていない以上、たいしたキスではないという前提とするというわけです((笑)