株主の利益を守るために整備されているコーポレートガバナンスは、強化することによって中長期的に企業価値を高めたり、適正な経営を推進できるなど、多くのメリットがあります。不明な点は弁護士に相談することも可能です。
Contents
1. コーポレートガバナンスとは?
コーポレートガバナンス(Corporate Governance)とは、企業の経営で不正や不祥事が行われないように統制したり監視する仕組みのことを指します。これは、会社は経営者のものではなく、資本を出している株主が所有するものだという考え方に基づいたもので、株主の利益を守ることを目的とした仕組みです。
コーポレートガバナンスはもともと、アメリカで重要性が注目された制度で、日本でも近年では大企業を中心として、積極的にコーポレートガバナンス対策に取り組む企業が増えています。
1-1. コーポレートガバナンスはなぜ必要?
コーポレートガバナンスが日本国内で注目され始めたのは、1990年代のバブル崩壊後の時期までさかのぼります。この時期には、企業の不祥事や不正が数多く発覚し、会社の経営そのものを見直したり監視する必要性が高まりました。またバブルが崩壊したことにより、日本企業が海外企業と競争するための力を高めるため、企業の仕組み全体を見直すニーズが高まったことも、コーポレートガバナンスが注目された原因と言えるでしょう。
日本国内では、2004年に上場企業を対象としたコーポレートガバナンス原則が東京証券取引所によって発表されました。その後2015年になってから、金融庁がコーポレートガバナンスのコードを提示する原案を公表するなど、日本国内でもコーポレートガバナンスの重要性が認識されると同時に、法的な規制や環境整備が整いつつあります。
1-2. コーポレートガバナンスと内部統制は同じもの?
コーポレートガバナンスと内部統制は、具体的な対策方法が類似しているため、明確な違いが分からないという人がたくさんいます。確かに、企業がどんな対策をするかという具体的な対策方法という点では重複する部分が多いのですが、コーポレートガバナンスと内部統制では、目的において大きな違いがあります。
まずコーポレートガバナンスは、会社を所有している株主の利益を最大にするために、不祥事や不正を防いで公正な経営をするための仕組みです。それに対して内部統制は、企業が適正な経営を行うために従業員の職務のやり方を見直すというもので、コーポレートガバナンスとは視点が異なります。コーポレートガバナンスは株主目線で構築されている制度で、主に会社の経営者を対象としたものです。一方の内部統制は、会社の経営者の視点で構築されているもので、監視や管理の対象は従業員となります。この点が、大きく異なります。
1-3. コーポレートガバナンスとコンプライアンスは同じもの?
コーポレートガバナンスと類似する言葉の一つに、コンプライアンスがあります。コンプライアンスは企業を運営する中において法令を遵守しましょうという制度で、内部統制を行う目的の一つと考えることができます。
コンプライアンスの意識が低い企業は、従業員にとっては働きやすい職場とは言えません。社会のルールや法律、また企業理念やマナー、モラルなど、従業員の良識が低下すると、従業員のモチベーションが低下するだけでなく、会社への不満が高まるでしょう。そうした環境では、不正や不祥事が起こりやすくなり、経営者にとっても会社にとっても、また株主にとってもマイナスの影響をもたらしてしまいます。
企業の経営を健全で適正な状態に維持する上では、コンプライアンスを徹底することはコーポレートガバナンスと同じぐらい重要で欠かすことができない要素です。
2. コーポレートガバナンスの目的
コーポレートガバナンスの目的を大きく分けると、企業による不祥事や不正を防止するということと、企業価値を高めることによって国際的な競争力のアップという点があげられます。
2-1.企業の不祥事や不正を防止
もともとコーポレートガバナンスは、株主目線で構築されたものでした。株主の利益を損なわないためには、企業の不祥事や不正が行われないための仕組みが必要だという概念に基づいています。株主の利益においては、会社が不祥事や不正をすることはマイナスの影響となります。しかし株主は実際に経営に携わるわけではないため、会社という組織を日常的に監視したり統制することはできません。そのために、企業が不祥事や不正をしないための仕組みが必要となったのです。
会社運営においては、株主へ利益を還元するだけでなく、取引先や投資先などに対しても適正な利益を還元する義務があります。経営者が個人的な損得勘定で経営に関する意思決定をしたり、組織内外での情報漏洩などを防ぐことで、コーポレートガバナンスを強化できるでしょう。また、企業の不正及び不祥事を防止するという目的を果たすことによって、企業の経営の透明性が高まるという効果も期待できます。
2-2. 企業価値の向上
コーポレートガバナンスの目的には、海外企業との競争に勝てるような企業価値と競争力をつけるというものもあります。これは短期的な価値ではなく、中期及び長期的なスパンで価値を高めることによって、海外進出を含めたグローバルなマーケットで企業が存続できるという考え方に基づいています
コーポレートガバナンスによって企業経営の透明性が高まると、ほかの企業や社会からの信頼性が向上します。その結果、投資や出資、融資などを受けやすくなるというメリットが期待できます。さらに、企業価値が高まることによって従業員は企業に対して誇りを持てるようになるでしょう。「この企業で働きたい」という人材が増えることで、優秀な人材を受け入れやすくなるというメリットも期待できます。
こうしたプラスのサイクルに突入することで、企業価値と競争力が高まるのです。
3. コーポレートガバナンスのガイドライン
コーポレートガバナンスを実践する上では、コーポレートガバナンス・コードというガイドラインを参照にするのがおすすめです。これは上記の通り2015年に金融庁が公表したもので、主に上場企業を対象としたコーポレートガバナンスのためのフレームワークです。
コーポレートガバナンス・コードは、トータルで31の原則及び47の補充原則で構成されています。これらを大きく分類すると、5つの大原則に分けることができます。
3-1.大原則1「株主の権利・平等性の確保」
大原則「株主の権利・平等性の確保」には、株主の権利確保に加えて、株主総会において株主が権利を行使できるというルール、資本政策における基本的な方針や政策面での保有株式のルール、また買収を防衛するためのルール、株主に損害を与える可能性がある資本政策、また関連する当事者間の取引に関する7つの原則が含まれています。これらの原則は、株主視点において権利を確保するとともに、株主にとってマイナスとなる要素を排除するための枠組みが定義されています。
3-2. 大原則2「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」
この大原則には、中長期スパンで企業価値を高めるために基礎となる経営理念についての枠組みや、会社が行動準則を制定したり実践する際に遵守すべきルール、環境や社会におけるサステナビリティに関する課題などが含まれます。さらに、企業年金の資本所有者である株主の役割に加えて、内部通報できるシステム、また女性の社会進出を含めた社内の多様化促進などについてのフレームワークも規定されています。
3-3.大原則3「適正な情報開示及び透明性の確保」
この大原則では、会社が適切な経営を行うために必要な外部の会計監査人や情報開示についての枠組みを定めています。ここで規定された内容を遵守することは、会社にとっては法的な義務が発生するわけではないものの、適正なコーポレートガバナンスを行う上ではぜひ検討したいルールが定義されています。
3-4.大原則4「取締役会等の責務」
この大原則には、主に取締役会の職務や義務、責任について14の原則が盛り込まれています。取締役会にどのような役割があってどのような義務があるのか、また経営の監督をする際のフレームワーク、独立した社外取締役の目的や役割、その活用方法などについても定義されています。さらにこの大原則では、情報入手を支援するための体制づくりや、取締役や監査役に対するトレーニング方法についても言及しています。
3-5. 大原則5「株主との対話」
この大原則では、株主が会社経営者及び株主間で建設的な対話ができるための枠組みが定義されています。経営計画や経営戦略についても言及している点が特徴です。
3-6. 2021年に改訂
コーポレートガバナンスは、2021年に改訂が行われ、2022年から適用がスタートしました。この改定では、主に人的資本に関しても情報を開示するための枠組みが追加で定義されているほか、市場のグローバル化などの多様化に伴ってプライム市場やスタンダード市場、そしてグロース市場と3つのタイプに分類するなど、ニーズや目的に合わせて適切なコーポレートガバナンスを実施しやすい枠組みとなっています。
その中においては、企業内のダイバーシティも促進されています。女性登用だけでなく、中途採用者でも管理職になれる制度、また外国人の採用など、企業の中核を多様化することによって、中長期的に企業価値が高まるという概念を定義しています。
4. コーポレートガバナンスの強化方法
それでは、企業が社内でコーポレートガバナンスを強化するためには、具体的にどのような対策を実践すればよいのでしょうか?
4-1. コーポレートガバナンス・コードを導入
コーポレートガバナンスに関しては、明確な定義や法的な線引きなどは行われていません。そのため、企業はそれぞれ自発的にニーズがある部分を採用することができます。コーポレートガバナンスを強化したいけれど具体的にどこから手を付けたらよいか分からないという場合には、法務に精通した弁護士に相談しながらコーポレートガバナンス・コードを導入する方法がおすすめです。
この方法は、今後IPOを目指す企業にとっては大きなメリットが期待できます。2015年以降は、企業の上場する際の審査でコーポレートガバナンスを遵守しているかどうかという点が審査項目に加わっています。そのため、コーポレートガバナンス・コードに沿ったコーポレートガバナンス強化をしていることは、上場審査の上では大きなメリットがあるでしょう。
4-2. 業務の可視化及び評価
企業内における業務を可視化することは、中長期的には企業価値の向上という目的に近づくことができます。近年では多くの企業が海外進出を果たしていますが、その際にはグローバルなスタンダードに沿った事業移転が必要不可欠です。日本企業の多くは、創立以来培ってきた独自の社風や文化を持っており、中にはグローバルなスタンダードへスムーズに移行できないケースが少なくありません。その結果、コーポレートガバナンスが弱体化してしまい、大規模な不祥事や不正につながるリスクが高まってしまいます。
コーポレートガバナンスを強化することによって、これまでのスタンダードを見直すとともに軌道修正ができます。その結果、グローバルなスタンダードをデフォルトとして海外進出への道のりも開けやすくなるでしょう。
4-3.内部統制を強化することも得策
コーポレートガバナンスの強化は、内部統制を徹底することでも実現できます。内部統制は株主目線ではなく経営者目線での対策となるものの、具体的に遂行する対応策という点では、コーポレートガバナンスの対策と重複している部分が多く、結果的には相乗効果をもたらします。特に、透明性のある情報開示を確保するという点と、財務状況に透明性と適正を持たせるという点においては、コーポレートガバナンスと内部統制のどちらも力を入れている点なのです。
4-4.制度や委員会を設置
コーポレートガバナンスを強化する方法の一つに、社内にコーポレートガバナンス制度を設置したり、そのための委員会を設置するという方法があります。具体的には、社外から取締役を採用するとか、監査役を社内だけでなく社外にも設置するなど、第3機関と提携することによって透明性と適正を高めることが可能となるでしょう。
さらに企業によっては、経営者が独断で暴走しないために、経営者抜きで取締役会を開催するという方法もおすすめです。
4-5. コーポレートガバナンス強化をアピール
コーポレートガバナンスを強化するためには、会社の経営者や株主のみが積極的に取り組んでいても、理想的なアウトプットにはつながりにくいものです。やはり会社に関係する人すべてがコーポレートガバナンスを理解し、積極的に取り組もうという意思を共有することによって、大きな効果につながります。
そのためには、コーポレートガバナンスの強化に会社全体を挙げて取り組んでいるという点を、社内外へアピールする作業も必要です。こうすることによって、社員一人一人の意識を高めることができますし、社内の風通しもよくなります。そして結果的に、会社の不祥事や不正を未然に防ぐことができ、企業価値の向上にもつながります。
5. 大企業もしているコーポレートガバナンス強化
コーポレートガバナンスの強化は、中小企業から大企業まで、幅広い規模の企業に有効です。大企業でも積極的にコーポレートガバナンスの強化に取り組んでいます。いくつか事例をご紹介しましょう。
5-1. コーポレートガバナンスを早期導入した伊藤忠商事
日本を代表する総合商社の一つである伊藤忠商事では、ほかの企業よりも早期にコーポレートガバナンス強化に着手しました。コーポレートガバナンス・コードへの対応をはじめ、取締役会を評価する機関を設置したり、執行役員制度を導入することによって多様性を高めて社内の風通しをよくしたのです。現在では、社外取締役は全体の3分の1以上としており、取締の兼任を認めていません。
5-2.グループ全体の価値向上に努めるパナソニック
カンパニー制と呼ばれる制度を採用しているパナソニックでは、1社だけでなくグループ全体の企業価値を向上するためのコーポレートガバナンス強化に努めています。コーポレート戦略本社を設置し、定期的にグループ戦略会議を開催するほか、取締役会や監査役会などを設置することによってコーポレートガバナンス・コードの遵守を徹底しています。
5-3. 社内の風通しを良くしたツムラ
大手漢方薬品メーカーのツムラでは、コーポレートガバナンス強化対策として、社内外の風通しを良くする対策を実践しています。取締役には複数を社外から指名したり、監査役や監査当委員会のための会社を設立することで、情報開示の透明性にも努めています。