1. 判例の意義
遺産分割審判等に対する抗告事件
東京高等裁判所平成9年6月27日決定は、特別受益を受け持戻免除がされている相続人について、具体的相続分算定に当たって、寄与分の存在を肯定すべき場合がどういう場合でどの程度であるのかという点を判断したもので、珍しい決定です。
2. 特別受益の持ち戻し免除とは?
金銭的援助などの生計の資本として、被相続人から贈与された人や、遺贈を受けた人がいる場合、その人を「特別受益者」と言って、相続財産の価額にそのような贈与された財産の価額も加える制度です。このように加えて計算することを「特別受益の持ち戻し」といいますが、その結果の相続財産に法定相続分をかけて、各相続人の一応の相続分が算定されると、特別受益者はすでにもらっているということから、贈与・遺贈の価額を差し引いた価額が具体的相続分になるというわけです。死亡前に親などからもらったものについても、対象として、全体として公平に財産を分けようという制度です。
しかし、例外があって、被相続人が、特定の相続人に財産を多く分け与えたいことから、過去の贈与や遺贈を加味しないで残った遺産だけを遺産分割の対象としてほしいと相続人に意思を示していたなら、特別受益として上記の追加計算をしないという制度です。これを「特別受益の持ち戻し免除の意思表示」といい、遺言で書かれいることから認められたり、黙示でも認められたりします。
詳しくは、下記の記事をご参照ください。
3. 寄与分とは?
共同相続人の中に、財産の維持または増加に特別に寄与した人がいる場合、公平の観点から寄与した人には、「寄与分」を認め、相続財産の中からその寄与分を差し引いて、残額を相続財産として、法定相続分により相続分を算定する制度です。寄与分は寄与した人に金銭として認められ、寄与分に通常の相続分を加えた額を取得できるのです。
詳しくは、下記の記事をご参照ください。
4. 事案と判例による争点の判断の説明
この事件では、抗告人は、被相続人及びその妻(母AA)に対し、昭和五一年以降一五年四か月にわたり、月額10万円、合計1840万円の生活費を援助してきたこと、主として訪問看護の方法により、被相続人の療養看護に努めたものであるところ、これを家政婦の基本賃金額に即して換算すると600万円を下らない、として、合計2440万円の寄与分があると主張していました。
裁判所により、抗告人から、概ね毎月10万円程度の生活費の送金を受けてきたことが認められています。
もっとも、これ以上には「被相続人に生活費を援助してきたことについては、抗告人自身の陳述書面のほかこれに沿う資料はなく、客観的裏付けを欠く点で、これのみによつて、前記事実を認めるのは困難である。」と資料がないので認定されていません。
では、生活費をどう考えるのか?ですが、「本件マンション入居後、抗告人が被相続人に対して毎月10万円程度送つていた生活費は、従来旧建物の賃貸によつて被相続人が得ていた収入を補う意味を有するとともに、抗告人の財産となる本件マンションの敷地として被相続人から本件土地1の提供を受けたこと及び本件マンションの管理に被相続人夫婦の援助を受けたこと等に報いるためであつたことを認めることができるから、その全てを被相続人の遺産の維持について抗告人がした特別の寄与と認めるのは適当ではない。しかしながら、その期間も長期に及んでおり、また、その総額も相当多額になつていることに鑑み、そのうちの400万円の限度で特別の寄与と認めるのが相当である。」としました。つまり、全額は特別の寄与では亡いが、一部を認めるというのです。その理由は、マンションの敷地の提供をされていたことへのお礼の意味があったと考えられることを、理由にしています。
次に、介護の点は以下のように判断しました。
「被相続人及びAAは、前記のとおり高齢であり、その症状等からみて、遅くとも昭和61年1月から後においては、家族による定期的な訪問介護を必要とする症状となり、抗告人は、妻ツヤ子の援助も受けながら、昭和61年1月から平成3年1月半ばまでの間、概ね週三回程度、定期的に被相続人方を訪問し、その生活のための必要な身辺介護を行ってきたことは前記のとおりであり、しかも、記録によると、その介護の程度は、深刻化する被相続人の症状に照らし高度の労力を要するものであったものと認めるのが相当であって、これを子として尽くすべき当然の義務の履行に過ぎないものと評価するのは不適当というべきである。そして、この間、被抗告人らが被相続人ら夫婦の介護に協力したことを認めるに足りる資料は見当たらず、むしろ、抗告人が定期的に訪問してする前記の介護活動に委せていたものと認められることとの対比において、抗告人のした被相続人に対する看護活動は、特別の寄与として考慮するに足りる実質を有するものと認めるべきである。
そして、記録に照らし、この特別の寄与を、当該介護を家政婦に依頼した場合の賃金額を基準として金銭に換算すると、総計500万円を下らないものと認めることができる。」
このように家政婦に依頼した場合との比較をしています。
しかし、この事件では抗告人に対しては、本件土地1の敷地利用権相当額として1955万4000円の特別受益があるという認定がされていました。そして、裁判所は「被相続人の持戻し免除の意思表示」を認めていたのです。
そして、「抗告人に対し、具体的相続分算定に当たって斟酌すべき寄与分の存在が肯定できるのは、共同相続人間の公平の見地からみて、この特別受益の価額を超える価額の寄与分が肯定できることが必要であ」ると判断しました。そして、その金額は、
「その超過価額の限度においてであると解するのが相当」としたのです。
つまり、持ち戻し免除が認められている以上、抗告人は土地をもらっても、それによって遺産分割において不利となることがないので、その土地は相続と関連しない完全な贈与という計算になりますから、その贈与を受けた金額以上の寄与がなければ寄与分とは認められないという判断です。
5. まとめ
この判例は、特別受益の持ち戻し免除によって、遺産を言わば贈与で減らしていた相続人の寄与については、そこで遺産を多く取得している以上、寄与分をさらに認めるとしたら贈与された財産の価値以上の寄与があった場合であると判断をした点に、意味があります。 療養・介護などの寄与をした方は、贈与を受けたお礼でしたのではないでしょうが、公平の観点という点と、寄与分が「財産の維持または増加」に特別に貢献した人のための制度であることから、特別受益で減らしているという側面を裁判官は考慮したものと考え